料理は嫌いではない。多分。好きな方だと思う。多分。

母が料理上手な人だったことと、「おしん」のように育てられたから、料理の基本は母から教わり、年末にはおせち料理も手伝わされた。黒豆、栗きんとん、二色卵、田作り、なます、お煮しめ等々。何故か林檎のコンポートもあったな(土井勝さんの本にあったから?)。その中でも、私の十八番は「昆布巻き」。渋い。子供の頃から甘いものがあまり好きではなかった私は、母愛用の土井勝さんのレシピより砂糖の量を減らしていた。だって「食べちゃえばいい」早目においしく。

小学生低学年の頃は、玉ねぎを剥くのが本当に嫌で、母からの「玉ねぎを持ってきて~」は涙なくしては語れない呪いの言葉だった。だが知っていた。玉ねぎは確実に美味なるものに変身していく。母の手によって。

料理をした一番古い記憶は、おそらく小学生になる前。母が体調を崩して、姉と一緒に、おにぎりと何か一品を作った。ものすごく不格好だったのに、母はとても喜んでくれた。

料理をしはじめる一番のきっかけは、弁当の卵焼きにケチをつけたことだ。甘いのである。母は私に「だったら自分で作りなさい」と言った。もっともだ。小学3年生8歳の時だ。

自分が親になるまでわからなかったけれども、包丁や火を子供に扱わせるのって、本当に難しい。台所汚くなるし。自分がやった方が早いし。

味は主観的な感覚で、私のレシピは甘さ控えめである。自分の塩梅を探すのも楽しいと思う。

たどり着け 成功と失敗の その先に

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1件のコメント

  1. […] お節料理と雑煮は結婚して20年毎年作っている。海外に住んでいた8年間も欠かさず作っていた。うちの母が毎年きちんとお節を作る人で小さい頃から手伝うのが当たり前だった。「料理と私」で書いたが、母のお節料理は土井勝さんの料理本に忠実で、ものすごく甘くて味が濃い。お節料理だから当たり前なのだが、もともと薄味の私はさほどお節は好きではなかった。だから、自分が担当するお節料理は砂糖や醤油を少なめに入れていた。食べきるなり、火を通せば日持ちする。なので、面倒と思いながら毎年せっせとお節料理を小学生の頃から毎年のように手伝っていた。 […]

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