20年前、ワンオペという言葉も、マタニティマークというものもなかった。「マタニティマーク」はとてもいいと思う。通勤時、このマークを見かけると多少遠くても席を譲るようにしている。理由は単純。自分が妊娠中、満員電車が死ぬほど辛かったからだ。第二子妊娠中7週目で卵巣茎捻転を起こし、腹腔鏡の手術を受け入院し、母子ともに無事だったのだが、退院後の弱った妊婦の身体に通勤ラッシュは殺人的で、毎朝会社に着くとトイレに駆け込んでいた。妊娠初期の手術だったため、切迫流産になり易いと医者から言われていたので、本当に苦しかった。妊娠初期はお腹が出るわけでもなく、流産しやすいので、「マタニティマーク」は声をかけやすくていい。

「ワンオペ」とは上手いこと言うものだな、と最初に聞いたときに思った。

うちの夫は基本的に何でもできる人だ。家事、炊事は大抵「丸い」仕上がりだが、普通にできる。料理に関しては、フキとか里芋とか私がめんどうくさがる下処理も積極的にやるし、裁縫は裾が擦れたチノパンを切って、短パンにして、切った布で子供たちの上履き入れを作ったことがあるほどだ。当然、子供のこともオムツ替えも入浴も離乳食づくりも、なんでもやる。「時間があれば」だ。

そう「時間があれば」なのだ。

長女が生まれて保育園に通っていたころ、夫の月の残業時間は200時間を超えていた。終電はおろか、始発で帰ってきて、少しだけ仮眠して出社し、夜勤も休日出勤もあった。次女が生まれたころは単身赴任だった。物理的に子育てをする時間が限られていた。それでも深夜に帰ってきて、洗濯物を干したり、翌日の米を研いだり、私のやり残した家事を夜中にやるような人であった。今もそうである。

新卒2年目の夫に週1で良いから、娘のお迎えに行ってくれないかと頼んだことがあった。私に仕事で大きなチャンスがあって、その仕事を引き受けたいからと頼んだ。夫は「無理」とだけ言った。なぜ私だけが産休、育休を取って、職場に復帰しても、定時に上がらなければならないのか。努力してチャンスが巡ってきても、そのチャンスを掴むことすらできない。同じ大学を出て、同じ正社員で、私の方が4年も先に社会人になって十二分に稼ぎ、男性と同じだけの仕事をしてきたのに、なぜ女性だけが変わらなければならないのか。育短もフレックスタイムも始まったばかりの20年前。男性の育児休暇なんてほど遠い時代。新卒2年目で、「週1日は定時で帰らせてください」だなんて言えないのもよくわかる。夫だけが悪いわけではなく、会社というより、日本社会そのものの仕組みが悪いからだと、社会や会社を牛耳っているのが、家に帰ればアイロンのかかったワイシャツに暖かいお風呂もご飯も用意されている「男性」だからということも、わかっている。わかっていても、それでも「女」というだけで、出産と育児への負担がのしかかるのが悔しかった。

「結局、家事も育児も他人に任せたくないのはY子(私)じゃん」と、保育園のお迎えのことで夫と揉めていたときに、夫に言われた言葉だ。

当時の勤め先で、違う部署に40代の第一子が小学生の3人子供がいる女性管理職がいた。彼女は「親とベビーシッターをお願いして仕事を回している」と言っていた。ベビーシッターは高額なので先立つものも必要なのだが、金銭的な問題はさて置き、それを聞いて私は確かに完全には「うらやましい」とは思えなかったのである。人の価値観は様々だしいろんな子育ての仕方があるので、他人を批判しているわけではなく、自分の考え方の問題なのだが、保育園と夫以外の人に日常的に子育てを任せることにとてつもなく抵抗があった。そう、夫の言う通りなのだ。

第二子が8か月くらいの時に夫が単身赴任となり、完全なるワンオペがスタート。職場復帰しクタクタな私のそばにいたのは、愚図る妹をあやす長女。妹にご飯を食べさせる長女。洗濯物を畳む長女。長女がいたから成り立った。そして、友人たち。長女の保育園時代の友人がいたから仕事と育児と家事ができた。間違いなく彼女たちのおかげだ。土日に一緒に子供たちを遊ばせてくれるのはもちろんのこと、金曜日のお泊りも良くやっていた。そして、一番の思い出は、次女が熱を出し、どうしても外せない仕事がある私の代わりに、第二子育児休暇中の友人が数時間子連れでうちに来て次女を看てくれたのである。

気付けば、夫は子供が生まれて20年のうち通算約9年単身赴任をしている。長女が高校生になった4年前からワンオペでもだいぶ楽になり(学校関係以外は)、子供たちが高校生と大学生になった去年からは完全に楽になった。が、小さいときは本当に大変だった。

ワンオペになる要因は大きく3つに分けられるのではないだろうか。

  1. 社会的(会社的)問題
  2. 本人の自覚の問題:家事育児を「手伝っている」と思っている時点で間違っている
  3. 上記両方の問題

大きなお世話だが、このワンオペ問題は「モラハラ問題」に発展する可能性があると思う。「俺はお前よりも大変な仕事をしている」「俺はお前より稼いでいる」と。そうなる前に、何度喧嘩してでも、話し合える関係作りが出来ると良いと思う。諦めることに慣れてしまう前に。

9年くらい前に、大学の同期が、学生の頃からの夢を叶えたコンセプトの会社を立ち上げたので、そのお祝いメールを送ったことがあった。彼の返信の中に、「子育てほど大変な仕事はない」と異国の地で子育てをしている私を称える言葉があった。

「世の中捨てたもんじゃない」と思いたい

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2件のコメント

  1. […] 明らかに自主的な「お手伝い」をしたのが2歳半の時である。私が妊娠5か月半くらいの時だ。以前「ワンオペ」で書いたが、次女の妊娠初期に腹腔鏡手術を受け、しばらく入院していたことがある。入院して体力が落ちたのと、第一子の妊娠時と違ってつわりがひどかろうが、身体がつらかろうが、長女の生活と仕事が最優先で、好きな時に休めるわけもなく、とにかく毎日疲れ切っていた。その時おなかの調子も悪く、薬も飲めずクタクタだった。その頃の夫は終電もしくは始発帰り、夜勤休日出勤が当たり前の生活をしていたので、金曜日の夜にはリクライニングチェアの上が畳んでいない洗濯物の山となっていたのである。 […]

  2. […] 夫は終電、始発帰り、休日出勤、夜勤と信じられないような働き方をしていたのだが、若かったのと、身体も割と強い方なので、時間があれば家事も育児もする。(詳しくは「ワンオペ」を読んで) […]

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