
昔とった杵柄とは良くいったものだと思う。若い頃にしっかりやったことは結構身体が覚えている。
私は小学生の頃英語圏に数年間住んでおり、現地校に通っていた。移民が多い国だからか、学校には「インターナショナルデー」というイベントがあり、様々な国を調べて模造紙に記事としてまとめたり、民族衣装を着たり、ご当地グルメを振舞ったりする。よって、浴衣を学校で毎年着るのだが、2年目からは自分でしっかりと帯まで結べるよう母と猛特訓した。正装ではないが、浴衣でも、和の色使いの美しさや、帯や小物との組み合わせの楽しさ、着ているだけで背筋が伸び、おしとやかになる気がして、年に一度着る浴衣が好きだった。
髪の毛も小さい頃から自分であれこれアレンジするのが大好きだった。2日続けて同じ髪型をすることも、同じ髪飾りをつけることもないくらい髪をいじるのが好きだった。大学生になってお祭や花火があると好んで友人たちの着付けとヘアアレンジをしたくらいだ。
自分に娘が二人いて、海外育ちだったので、娘にも、その友人やお母さんたちの着付けもした。たかだか浴衣なので大したことはないのだが、それでも楽しいし、喜んでもらえると嬉しい。そして何よりも正装ではない浴衣でも、他国の民族衣装と比べても、凛としていて華やかである。
長女の高校は制服がない学校だったので、ほとんどの女子は卒業式に袴を着る。私が着付けをすれば、朝早くから美容院へ行かずに済む。そして何よりも袴である。やってみたい。娘と相談し、私が着させることになったので、着付け教室に通いレッスンを受けた。袴の着付けのyoutubeも何度も見た。
長女に希望のヘアスタイルを選ばせ、ヘアアレンジの練習もしたし、着物と髪形に合う髪飾りも作った。実に楽しい。そして一週間前くらいにレンタル袴が届き、予行練習をした。着付けも髪の毛もなかなかだ。娘も私も満足した。が、盲点があった。
メイクをしたいというので、やってあげたら、おじゃる丸とおいわさんの合の子みたいになるのだ。youtubeを見てフムフムとは思うのだが、要所要所知らない用語も出てくる。あまりにも素養が無さすぎる。「ちょっと」勉強してどうにかなるべく土台が全くない。
思い返してみれば、そもそも顔にあれこれつけること自体が好きではなく、眉を整え、アイラインと口紅くらいで過ごしてきた。特別な時はアイシャドウとマスカラをするが、肌も荒れるので、あまりやりたくない。その結果、娘に「もう良い‼️」と拒まれることに。結局、娘も眉を整えて口紅を薄く塗るくらいだったのだが、何もしなくても可愛い18歳。そうそう、何もしないのが一番!!!と自分の拙さを棚に上げ、心の中で言い訳をした。
次女は友達と花火やお祭りに行くときには、浴衣を着ることがあるのだが、帰国後長女は全く着ていない。どんなに勧めても着ない。昔は別に嫌いではなかったのに。ふと、気づいた。ある年のインターナショナルデーに、学校で「民族衣装を着て徒競走」という何とも呆れる企画があり、当然だが「浴衣と下駄」は走るような服装ではない。それなのに、浴衣も下駄も着たことも履いたこともない先生に「もっと速く走れ」と散々言われ、何度も走らされたことがあった。思い出した。だから着ないのか。何をしてくれるんだ、先生は。
昔得た知識も技術も経験も、後々いろんな形で影響してくる。まぁ、何事も経験だ。と思いつつ、メイク問題は問題のままだ。

[…] この学校は制服のない学校で、ほとんどの女子は卒業式に袴を着る。卒業式と最後のHRが終わると学校でドレスに着替えてプロム会場へ移動するのだ。よって、母親は大きなカバンやスーツケースにドレスを入れて卒業式へ持って行き、袴と着物を家に持ち帰るのだ。生徒たちはプロム会場へ移動し、先生と保護者は学校のラウンジで生徒抜きの「謝恩会」を行うという日程だ。 […]
[…] 「浴衣、去年着なかったなぁ~。今年も着ることないか。。。」と次女が言った。「昔とった杵柄」にも書いたが、長女は浴衣でリレーさせられた経験が理由なのか、帰国してから一度も浴衣を着たがらなかったが、次女は違う。近所のお祭りに着て行く。浴衣って着せるのも簡単で可愛い。 […]
[…] メイクは滅多にしない。しないというより下手だ。「昔取った杵柄」というエッセイにも書いたが、眉と目元を少し整えるくらいで過ごしている。 […]