うちの家族は4人中3人が同姓兄弟姉妹の第二子、いわゆるしっかりちゃっかりタイプで、上を見て育った割りと要領の良い人間だ。

なので、長女だけが違うところが多々ある。物質的に言えば、お下がりばかりの我々と違って常に新品をもらえる。先日10年ぶりくらいに12・3年前のビデオを見ていたら、袖が伸びたお下がりの水着を来ている次女が映っていた。ごめんよ、次女。妹あるあるだよ。

「二番煎じ」なことは多々あるけれども、次女も夫も私も2番目に生まれて得していると思っている。しかも上は同性である。

このしっかりちゃっかりは学力にも影響していて、次女とは対照的に長女はコツコツ型だ。とにかく出来るまで永遠とコツコツと努力するのだ。

中1の秋に帰国して公立中学に転校した。中2から塾に通い始めたのだが、彼女の適性を考えて、本人と相談し、早々と3教科の私立受験と決めた。英語はインター育ちなので取らず、数国のみ受講。彼女はひたすら苦手な数学を必死にやった。

昭和な部活動に所属し、塾や模試に行くのに部活を早退すると顧問に嫌みを言われたが、部活も中3の7月下旬まで続け、来る日も来る日も数学をやった。

私が仕事から戻ると、「教えてください」という付箋が貼られた数学の問題がテーブルに置いてある。そういう日が増えていった。

そんなやり取りを続けても、一進一退で低空飛行が続いた。どんなに低空でも飛び続ける。絶対に着陸しないし、止まることもない。黙々とコツコツと宿題をし、解き直しをし、苦手な問題を繰り返し解いた。いつになっても空高く飛べない。でもひたすら授業を受け、問題を解いた。

そんな日々が続いた夏の終わりの模試の結果に、彼女は初めて泣いた。「こんなに頑張っているのに、何で成績が上がらないの」と。塾に入って1年半が経過していた。彼女は初見の問題が苦手だった。真面目なので一度解いた問題は間違えないのだが、とにかく応用が苦手だった。不器用なのだ。

大量の解き直しノート、授業ノート、プリント、小テスト、模試、全てみっちりやっている。私はそんな彼女にかける言葉もなく、ただそばにいることしか出来なかった。

が、ものの5分か10分後、彼女はムクリと起き上がり、「泣いていても仕方がない、時間がもったいない。勉強しよう。」と机に向かった。

正月は家族総出で受験対策をした。夫は答えのない数学の過去問題の解答作り。次女は姉のインター時代の成績表の和訳。私はその和訳の添削と願書のチェック。お節の準備と塾の弁当。ものすごく大変だったが、今思えば良い緊張感だった。

結果、彼女は自分にとても合う高校に進学した。保育園・幼稚園で4回、小学校4回、中学校2回転校した彼女にとって初めて3年間ずっと通う学校となった。

彼女は自分の得手不得手を良くわかっているし、何か成し遂げたいならば、自分が人より2倍も3倍も努力しないといけないことも知っている。そうなのだ、彼女は自分と闘っているのだ。他の人がどうであるかではなくて、自分の目標に対して自分がどのくらい努力すべきかだけを考える。誰かがさぼっているとか頑張っているとかは全く関係ない。手を替え品を替え、どんなに芽が出なくても、成し遂げるまで諦めない。ひたすら自分との闘いだ。

目標にたどり着くまでの工程でどんなに負けようが関係ない。最終的に目標を達成すればよいのだ。

人は多かれ少なかれ、他人との比較の中で自分を評価したり、力の入れ方を考えたりするものだと思う。少なくとも私はそうだ。夫と次女もそうだと思う。彼女は違う。自分の目標に対して達成するまで努力し続ける。自分とだけ闘い続ける。そこに他人は関係ない。

高校の担任の先生にも「天然」と言われるくらいおっとりとしているのだが、見た目に反して芯が強く、打たれ強い。他人と比較して集団の中での勝ち負けで挫折することは、今後もなさそうだ。

自分の娘ながら、私も彼女のようになりたいと強く思う。

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