友達の言葉~一番大変な仕事~

「新しい会社を立ち上げる」と大学のグループメールにメンバーの一人から近況が入った。8年くらい前だろうか。彼は大学卒業後、第一志望の企業に就職し、希望のクリエイティブ職に従事していた。そしてその勤務先が出資する会社の代表になるということだった。

私達が卒業した学部は芸術系ではないのだが、彼は在学中から絵画を習い、アート系のことに関心が高かった。就職して10数年後に当時語っていた将来の夢を形にした会社を立ち上げるのだった。学生時代の夢や理想を形にできるなんて素晴らしい。なかなか出来ることではない。昔話と自分の近況を添えて、彼の個人アドレスにお祝いメールを送った。

彼からの返事には学生時代の面白おかしい思い出話と、これからの仕事のことが書いてあった。40歳を目前に自分の夢を何らかの形にしたかったこと、未来への希望とプレッシャーについて綴られていた。さらにそこには意外な言葉が添えてあった。

「でも、子育てが一番大変な仕事だよね」と。

会社での仕事は結果を出せば評価され分かりやすいけれども、子育ての結果は何十年も先だし、責任の重さも比にならない、というようなことが書いてあった。海外で何年も子育てをする私に労いの言葉をかけてくれた。

驚いた。日本人男性で家事育児に敬意を払い、それを言葉にできる人がいるなんて。

彼自身、帰国子女で二人の子供の父親である。家庭での彼がどんな人なのかはさっぱりわからないが、転勤ばかりの私のこの生活の大変さに労いの言葉をかけてくれることに、私は心底救われた。

再三書いているが、うちの夫も家事育児にそれなりに敬意を払う人だとは思うが、当時それを言葉にすることはなかった。

私は自分が欲しかった人生を歩んでいる夫や大学の友達を羨んでいた。キャリアを着々と積み上げて行く夫と友人たちを尊敬する一方で、常に灰色の感情が付きまとっていた。でもそのときは、いつも隣り合わせのあの感情はなかった。

言葉とは暴力にもなる一方で、誰かを救うこともできる。引越しをしても常に職場と学校という居場所がある夫と子供たちと私は違う。新しい土地で自分の仕事や居場所を開拓してきた私を応援してくれる海の向こうの旧友に、涙が出るほど感謝した。「言葉」にするのは勇気がいる。でも「言葉」にしないと伝わらない。

日本は子育てをキャリアとして見てくれない。家事育児は同時進行で複数のことを絶え間なくこなしていく「ジェネラリスト」であり「スペシャリスト」である。いくつもの目を持って、健康・衛生・天候・子供の友人関係・自分の人間関係・学習・部活・習い事・家計、上げたらきりがないくらい休みなく複数の課題に取り組んでいる。

彼の言葉は今でも覚えているくらい嬉しく、私に自信を与えてくれた。そして国境も時差も越えて私を元気づけてくれる文明の利器に感謝した。

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