「~だと思う」

sea beach vacation sand
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「~だと思う」は、おそらく誰でもよく使うフレーズだろう。別に何の違和感もないし、ごくごく当たり前の日常会話の述語だ。

私もよく使う。しかしながら、私は意識的に絶対に「使わない」ようにしている時がある。それは、相手がこちらに「確認」をしている場合だ。

もう5年位前の話なのだが、当時次女は塾に通っていた。彼女は帰国子女なので英語の授業を取っていなかったのだが、同じ塾で学校の友達から、英語の授業の後に数学の補習を塾の先生がやってくれるという話を聞いて帰ってきた。その後、本当にやるかどうか聞きに塾へ行き、塾の前に立っていた(小学生の出迎え)担当ではない先生に聞いてみたら、その先生は「補習はない」と言ったという。

次女は私に「でも〇〇ちゃんに再度聞いたらあると言っていたし、あるなら出たいから行きたい」と言う。私は何故塾までわざわざ行ったのに、きちんと然るべき人に「確認」しなかったのかと次女を叱った。担当の先生か校長など確実に分かる人に聞くべきであると。

wide road with street lights

英語の授業の後なので、開始時間が21時くらいになる。家から塾までは歩いて10分ちょっとなのだが、不確定な用事のために、中学生をそんな時間に一人で外には出したくない。いつもは同じ方向の友達と帰宅するのだが、補習がなければ夜道を一人で帰ってくることになる。

仕方がないので、娘に塾へ電話をさせた。隣に私はいたのだが、ハッキリとしない会話を事務員の人としている。「“あると思うよ”と、○○さん(事務員)は言っている」と娘は言う。この時点で、娘にイラっとした。「然るべき人に確認しなさい」と私は指示した。なんだこの会話は。

電話を代わって、私がその事務員の人と話すと事務員は「あると思います」と繰り返す。私は彼女に「複数人に聞いて、言っていることが違うから、「確認」の電話をしているのに「思います」とはどういうことですか。担当の先生もしくは、確実に分かる然るべき人に確認して折り返し電話をください」と言って電話を切った。

娘は私の性格がきつい、というが、経緯も説明して「あるかないか」を確認しているのに「あると思う」という回答は社会人として、人としてないだろう。補習がないなら、女子中学生を外に出す時間ではないことも伝えてある。

brown paper with handwritten text

塾から折り返しかかってきた電話は「補習はない」ということだった。

その後、仕事でもプライベートでも、アポイントを取っているのに、「X月X日、大丈夫だと思います」という回答は少なくない(割と多い)。ただの習慣・癖なのだとわかっているのだが、適切な言葉の使い方とは思えず、正直好きにはなれない。

まぁ私が細かすぎるのと、そういう曖昧なのが好きではないだけなので、塾のようなことがなければ、スルーしているのだが、私は確認を求める相手にそういう表現はしないでいる。

日本語の言語学的な特徴なのはわかっているのだが、Yes/Noの2者択一のことに「思う」をつけて責任回避?をしている印象を受けるのは私だけだろうか。まぁ、ただの習慣・癖というのが正解なのだろうな、、、きっと。日本語の持つ「繊細さ」は美しいと感じることが多いが、「曖昧さ」はどうも私の性に合わないらしい。

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16件のコメント

  1. だと思う。。。確かに使いがちかもしれませんね。でも、そういう事象の場面で使う言葉ではないと、私も思います。

    結果的に補修が行われたならまだしも、無かったのであれば、そもそも、その事務員さんがナシですね。責任感が無さすぎます。
    補修が深夜で未成年者ということを鑑みても、普通ならまずあり得ないと、私なら思います。
    が、こうも思います。
    もしかしたら普段から急遽コマ割り変更や追加というような、不確定な授業が常態化していたのかなーとも。
    また、最近の塾の仕組みを知らないのなんともはやなのですが、時間問わず、生徒の送り迎えは全て親の責任ということになっている塾が普通なのでしょうか?
    でないと、万が一何かあった時には重大な過失責任に間違いなくなる事例ですし、事務員一人の首では済まない結果になることだってありそうに思います。
    なので、送り迎えには関知せずなのかなーとも思いました。

    それはそれとして、その事務員さん、私なら厳重注意すると思いますし、責任者出て来い案件だと思います。

    1. KYOさんとは沸点が似ていて嬉しいです笑

      急遽コマ割り変更はなくはないと思います。追加は帰り時間に影響するので(夜で親が心配する)よほどではないとないかもしれません。(最近はわかりませんが、当時)

      小学生(中学受験)は親の送迎が多いと思います。うちの近所の某大手も迷惑なくらい親と車がわちゃわちゃいます。中学生は自転車が主流ですね。

      長女と次女、同じ塾に行ったのですが、引っ越したこともあり校舎が違います。長女の通った校舎は大人数だったので、お菓子の持ち込み禁止、私語、持ち物などかなり厳しかったです。その分、先生も事務員さんもとてもしっかりとしていました。(一人うやむやになると収拾がつかなくなるので)

      次女の方は規模が小さく、同じ塾でもほのぼのとしていたのですが、、、その事務員さんは・・・実はもっと大きいことをやらかされまして、さすがに抗議しました。受験の合否にかかわるような大事な書類のことだったので。結果事なきを得たのですが、その事務員さんにはそれまで何度か不快な出来事があったのと、一歩間違えれば、一つの高校を受験することができない事態になっていたので、今後の受験生のために「地区の責任者(校長の上)より然るべき対策を文章でください」とお願いしました。

      子供たちは私のことを「きつい」と言いますが、社会人としてあり得ません。そして人はそう人のことを必ず言います。「いい人だよ」と笑

  2. 最近、似たようなことがあって私はブチ切れました。問い合わせの電話をしたところ曖昧な答え方をされて、問い合わせた意味がない。ムカついたので、まさにCoccoCanさんと同じ返し”急いでいないので、ちゃんとわかる人に確認して返事を下さい”と伝えました。

    確かに言葉のクセみたいなところはありますよね。でも、そのシチュエーションで”思います”はありえない。

    ペラペラからは程遠いですが、英語を話す時はハッキリと物が言えるので清々しい気分になります。すこし人格が変わるような感覚がします。

    1. 本文では敢えて書かなかったのですが、海外での生活経験もあるし、英語ともう一つ外国語ができることもあって、日本語のもどかしさをいつもどこかで感じている自分がいます。

      ネイティブではないから一生懸命話している伝えようとしている、外国語で話しているときの自分が好きです。

      1. もどかしい言語ですよね。話す言語によって人の性格の一部が形成されると提唱しているしている人もいて(そんな本も出ていてずっと気になっているままお得意のそのうちコース入り)、ちょっとわかる気がします。

        3カ国語!それぞれの言葉を使っている時によって自分の性格がちょっと変わると思うことはありますか?

      2. 言語で性格は変わるのはわかります。日本語でも方言で沖縄の人と、大阪の人と、京都の人など、全然違うと思いますし。

        英語で話すときは、はっきりとしているけれども、どこかフランクだったりユーモアがあるように、、、とか、A国語は相手に負けない?ように話している気がしますw

  3. ”Yes/Noの2者択一のことに「思う」をつけて責任回避?をしている印象” 私も大いに思いますね。 もっともその意を感じたのは、2代前の総理大臣の国会答弁の際や会見時等に頻繁に発してた『~だろう』と言う言葉。国の最高責任者であるにもかかわらず、この言葉を連呼するなんて‥‥絶対責任逃れ!をしているんだ!!と、私は聞くたびに思い、この人は上に立つ人では無いと思いました。その次の総理も然りでしたが(苦笑) 現在の総理はまだ『~だろう』は、はっきりとは私自身聞いていないですが…同様のニュアンス的な言葉尻に感じとられます。はじめっから責任回避をほのめかす人に、本気について行く気に、国民はなれないと思います。

    1. まさに!!! 政治家、多いですよね。
      米国の選挙にある、小学生の言い合いみたいなのは勘弁ですが、あのバシッと言い切る演説はわかりやすい。

      日本の「根回し文化」も背景にあるのでしょうね。事前に多数を自分の味方につけてからしか発言しないという。。

      とても乱暴ですが、総裁選なんか、学級委員を決めるみたいに、その場で立候補・演説・投票・開票すればいいのに。と思ってしまいます。あの「根回し」って、、、あなたの意見はどこにあるの?と聞きたくなってしまいます。そして、本気でついていく気になれませんね。kerocatcyanさんのおっしゃる通りです!!!

  4. 日本人の口癖のようなところもありますし ‘~~~と思います’と言っておけば、結果がどちらになっても責任逃れが出来ます。
    でも海外へ出て行けば、それでは通用しないです。やはり日本人もyes/noの様に明確にしなければと思います(*^_^*)

    1. マスコミの言葉尻を捕らえたり、視聴率や販売部数を上げようとする加工が大いに問題があるのはわかりますが、マスコミとは縁遠い一般人たちも、、、なのです。結構。

      公務員に顕著なように「減点方式」なのがいけないのでしょうね。「ミスをしてはいけない社会」だから、決定もしないし、断定もしないし、冒険もしない。

      違ったらあとで訂正や謝罪をすればいいだけで、エラー&トライの繰り返しなくして成長はありません。

      1. 仰る通りです。日本の体質は良くも悪くも変わらないですね(*^_^*)

      2. 頑張っている公務員のみなさん達の評価は、加点方式に変えて欲しいです。

  5. こんにちは^^
    責任を取りたくないので曖昧な事しか言わない慣習ってありますね
    権限がある人が失敗して責任を取らない…政治家でも行政でも多いです
    日本語の良いところであり悪いところでもありますね(*^0^*)~♪

    1. 日本語以外、2ヵ国の言葉しかできませんが、日本語の持つ表現の豊富さは美しいと思います。

      トップが責任を取らない、、、変わって欲しいです。

  6. こんばんは(^^)
    日本はあやふやな表現が多いと思いますよ。特に政治家が…と思う的な発言が目立ってますね。海外で仕事をする時は中途半端な姿勢を見せると相手にされなくなるので、Yes or Noをはっきり言う様に心がけてました。
    今回の総選挙も現与党ににやらしとけば大丈夫だろう・・・の考えで投票する人が多くない事を願ってます。国民が変わらないと政治は変わらんと思ってます。

    1. 失敗を悪とする割に、とっくに定年退職してほしい政治家が失言してもお咎めなしの、悪しき風習が根強い国です。

      言ったことに責任を持つことと、言ったことに挑戦して改善していくことは別物なのに、人のミスばかりに焦点を当てるのは成長を阻害する要因にしかなりません。

      投票も流されずに、自分の考えと責任を持ちたいです。

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