一周周って戻って来る???

casual cute female friends

一周周って戻って来る???

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「まだ子育ての先は長いですね」と、中2の息子と小4の娘がいる友人に私は言った。すると彼は「まだまだ長いことよりも、(娘の)可愛らしさがなくなって行く方が嫌だ」と言う。ふむふむ。なるほど。確かに。

我が家の娘たちも小5の終わりか、小6くらいから、反抗期が始まった。そんな子供たちと真っ向から闘って?いろんなバトルを繰り広げて来た。自分の反抗期時代を棚に上げて、「親舐めんな!!」くらいの姿勢で、口論も沢山したが、長女とは取っ組み合いのけんかもした。

”取っ組み合いのけんか” は男子の専売特許ではない。(他の家庭は知らないが)母娘でもやる。小6の時点で、私より7㎝は背の高い長女だったが、その頃、私は体脂肪率13%くらいで鍛えていたので受けて立った。絶対に負けたくない。その度に3歳下の次女はオロオロとして、仲裁しようとした。

そんな可愛らしかった次女も、小6くらいになれば悪さばかりして、結果、帰国して通った小学校を”中退”し、夫のいる地方の小学校に10か月通い、そこが彼女の母校となった。

そう、女の子は11歳前後を境に、親から離れて行く。可愛げはないし、反抗的だし。まぁ、ある意味 “通常運転の成長過程” だ。ない方が心配である。そう頭でわかっていても、彼女たちが中学・高校の時は「うちの子は、何か精神疾患があるのでは???」と思い、学校のカウンセリングに申し込んだ方が良いのかなぁ、、、と真剣に悩んだこともあった。今では笑い話だが。

一人暮らしをして3年半の長女は “永遠の初心者マーク~春の陣~” “永遠の初心者マーク~秋の陣~“、就活の添削など、自分の子供・学生時代では信じられないくらい親に相談してくる。就職が決まってからは時間が合えば一緒にスポーツ観戦、ショッピング、食事に行く。

家を出て半年の次女は生活全般で困っているような?いないような?状態で、私が次女の住まい方面へ行く用事があると、意外とウエルカムだ。母に来てもらって、色々と整えて欲しいと思っているらしい。

まぁ、単に “都合の良い時だけ親を頼って利用している(甘えている)” だけなのだが、一周周って戻って来た感がある。小さい頃とは違う別の”可愛らしさ”が。一緒に暮らしていたとき、互いに当たり前だったことが”当たり前”ではなくなって、今は良い距離になっているのだろう。

私は友達に言った。「一周周ってまた戻ってきますよ。きっと。」そしてさらに付け加えた。戻ってくる秘訣は ”干渉しないこと” だと。放って置くと、寄って来る。きっとそのくらいがちょうどいい。

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4件のコメント

  1. 成長過程での親離れはありますよね。
    会話をする機会が減って(話題が合わない?)CoccoCanさんが言われるように自分の必要な時だけの親利用でしょうか。
    家庭を持ったり子供が出来て苦労が有って、初めて親の有難さが分かりつつあるようです(*^_^*)

    1. wakasahs15thさんのご経験通り、社会に出て忙しさでまたちょっと遠のいて、結婚・家族が出来ると、また次の周期を経て孫を連れて戻ってくるのでしょうね!!

      子供たちは、私が干渉しないからなのか、私が絶対に親には話さなかったようなことを沢山話してきます。私のサッカー・友人・仕事の話もするので、割と良く話します。(今は別に暮らしているから余計に会えば良く話すのでしょう)

      ベタベタな「甘え」だったらぴしゃりと拒絶しますが、本当に必要な時に甘えられる・頼れる親ではありたいなぁーと思います。

      wakasahs15thさんのお子さんの様に「親の有難さが分かる」ようになるかは分かりませんが、大人になって行くのは楽しいです!!

  2. (‘-’*)オハヨ♪ございます。
    親離れ、子離れは必要だと思ってます。離れると言っても適度な距離を保つという事が前提ですが。私にも娘が二人いますが、話す機会は比較的に多いかなと思ってます。
    親のありがたさは子供を持ち育てる様になり感じる様になりますが、私の場合それ以上に老いていく親の介護をするようになって、より親のありがたさって言うのを感じてます。

    1. saganhamaさんはお嬢さんやお孫さんとも仲がよろしくて、良い距離感なのだろうなぁーと思っていした!!

      そして、含蓄のあるお言葉ですね。「老けて行く親の介護」でより親のありがたさを感じるというのは、、、自分にそういう日が訪れることはないかもしれませんが、すごく考えさせられます。

      義祖父は95歳?96歳?の大往生で亡くなったのですが、2世帯住宅で義両親と同居していました。義父は定年後に再就職して、かなりのお給料をもらっていたらしいのですが、義祖父の時間が少なくなった時、その仕事を辞めて、義祖父が最後を迎えるまで介護をしたと義母が言っていました。

      saganhamaさんのコメントを拝見して、そんなことを思い出しました。

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