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大学の授業

room chair lot
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長女が山形牛・刺身・里芋を食べに帰ってきた。「○○、作ったけれども食べる?」と誘うとホイホイとやってくる。たらふく食べた次の日に帰るはずだったのに、電車が結構長い時間止まっていて帰れない。帰宅するのに、かなり迂回しなければならず、PCを持ってきているからと泊っていくことになった。

一緒に暮らしていないので、オンライン授業の様子は初めて見る。授業は中上級者クラスの第二外国語であった。驚くことに受講している生徒はたった3人、なんとも贅沢である。先生はネイティブで日本語も達者な人だった。

結論から言うと、結構充実したトピックスについて話していて、外国語での会話がメインではあるが、出てこない単語を日本語で言うと先生が外国語で教えてくれたり、生徒が言いたいことがうまく文にできていないと、外国語で「こういうこと?」と聞いたり、となかなかいいリズムである。

また、生徒3人の語学レベルも話す内容のレベルも同じくらいなので、互いに刺激を与えあえる良い塩梅のメンバーだ。私がその授業に飛び入り参加したいと思うほど、テンポよく飽きずに授業が進んで行っている。うらやましい。

長女はインターでも第二?第三?外国語でこの言語を取っていたことと、高校3年の秋から民間の語学スクールに通い続けている。そのため大学入学当初は、楽しみにしていた語学の授業なのにつまらなさすぎて、ものすごくがっかりとしていた。本当は大学に入ったら、語学スクールはやめさせようと思っていたのに、結局いまだに続けている(つまり、お金を払い続けている)。親としてはトホホなのだが、検定試験も着々とレベルを上げているし、今日聞いた会話のレベルならば、社会人になって仕事を一通り覚えたら、この言語で仕事ができるだろう。

1・2年のときのつまらなかった語学授業の埋め合わせのような、魅力的な講義である。楽しみな授業があるなんて素晴らしい。せっかく少人数の外国語だから対面授業だったら良かったのになぁ、と娘は言う。語学だから余計にね。でも、先生はオンラインのほうが授業が組みやすいらしい。オンラインのおかげで少人数でも対応してくれているのであれば(本当のところはわからない)、これはこれでありがたい。

勉強することがどれだけ尊いことか、本当に理解したのは社会人になってからだ。社会人になってから大学に通ってからだ。娘が10年後振り返って、自分の大学生活をどう思うのかはわからないが、たまたま見たオンライン授業が楽しそうでホッとした。パソコンに向かって仕事をしながら、自分も一緒に勉強している気分になった。

あと1年半、楽しんで。

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