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方向音痴じゃないのに(後編)

私は方向音痴ではない。(「方向音痴じゃないのに(前編)」から見てください!!)

なのに、長女はひどかった。小さい頃はそんなに行動範囲が広いわけでもないし、海外だったこともあり、遠くに行くときには大人同伴が基本だったので、彼女の方向感覚について深く何かを感じたことはなかった。中学の途中で帰国して、部活の遠征でいろんなところに行ってはいたが、複数人で行っていたので、このときもさほど気に留めていなかった。高校見学で文化祭も何校か行ったが妹と一緒だったことと、文化祭は駅から人の流れがあるからか、これも割と大丈夫だった。

そんな彼女が方向音痴ぶりを発揮したのは、模試や特別授業などで違う会場に行くときであった。本番の受験の時も一人で行くわけだから、予行練習のために当然一人で行かせた。初めてのところは30分~1時間前くらいには駅に着くようにさせていたし、地図を描いて目印となる曲がり角などマーカーで丁寧に印をつけ、説明して行かせていた。どんなに頑張っても駅から30分以内にはたどり着く会場に1時間半くらい迷うこともしばしば。その度に電話をかけてくるのだが、私が電話に出ないと父親に電話し、挙句の果てには妹にも電話をする始末である。まさに「藁にも縋る」だ。小学生の妹に渋谷の土地勘があるわけがない。

私は電話口で、娘が見えている建物名・店名・交差点名などを聞いて、道案内をするのだが、最初の科目に遅刻すること数回。正直高い受験・受講料を考えると頭を抱えたくなるのだが、本番でどんなイレギュラーが起きるかわからないから、全てを「予行練習」だと思ってとにかく自力で行かせた。

高校に入るまではガラ携だったのだが、迷子?になるたびにスマートフォンが頭によぎる。ある時は、私が電話口で「線路を右手にまっすぐ進みなさい」と言ったら、「まっすぐってどっち???」と返ってきた。明らかにパニックになっている。思わず「Go straight」と英語で言おうかと思ったくらいだ。「正面を見て、その方向に歩くんだよ」と言ってみた。通じていないっぽい。もはや広辞苑ですら役に立たないであろう。

ある時は、会場にはなかなかたどり着かなかったくせに、会場の最寄り駅にある有名なパン屋には順調に行けたらしく、いそいそと焼き立てのパンを買って帰ってきた。すべての会場がパン屋やケーキ屋の隣だったらいいのに、とすら思った。

そして受験本番。直前まで一緒に行こうかと頭をよぎらないわけではなかったが、とにかく一人で行かせた。何かあったら電話をしなさいと。文化祭や学校見学も行ったので、おかげさまで迷わずに会場には到着した。しかし、ある学校の1次試験で、その会場には教室に時計がなく、それを知らず腕時計を持っていかなかった。電話がかかってきて、当たり前だが困っている。校門の外にいた塾の先生に借りようかと言ったが、広い試験会場で校舎の外に出るのは得策ではない。私は試験会場のスタッフに相談しなさいと言った。さらに携帯をバイブにしてポケットに入れて、残り30分15分5分で電話を鳴らすからと提案した。試験中に電話をしたがつながらなかった。きちんと電源を切ったらしい。どうしたのだろう時計。こっちの方が落ち着かない。

彼女が帰宅してから時間をどう計ったのか聞いてみたら、売店に腕時計が売っているとスタッフの人が教えてくれたらしい。私は「受験グッズ」として、ティッシュ・ハンカチ・カイロなどを入れたポーチを持たせていて、その中に「万が一用」の1000円を入れていたのだ。その1000円と自分の財布の1000円とを合わせて買えたのだ。

彼女はその学校に進学し、高校生になりスマホを持ち、どんなに方向音痴でも文明の利器のおかげでもう迷子にはならないらしい。あの迷子経験と時計の件との因果関係はわからないが、無事合格し、自分に合う学校に行けてとても楽しんでいる。きっと無駄な経験はない。「可愛い子には旅をさせよ」だ。

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