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またね(後編)~大学と別れ~

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またね(前編)~大学と出会い~:続き

海外での生活はどんなに楽しくても、永住しない限り必ず別れが来る。Yが本国に帰国することになった。彼が当時使っていたSMSやe-mailアドレスはA国を出国する前にもう使えなくなる。当然Yの本国での連絡先など明かされるわけがない。永遠の別れだ。連絡を取る手段もないし、互いに会いに行く方法もない。近況を聞くことも、彼の成長を知ることもない。私たちは誰も。

これまで、いろんな国の人と会ってきたが、経済的事情で本国を離れるのは難しい人は知っているが、連絡が全く取れないということはほとんどない。(そういう地域しか行っていないだけなのだが)しかも、こちらから会いに行くことはできる。生きているのに「永遠の別れ」。

Yとの出会いはもう一つ大切なことを確認させてくれた。日本とYの母国に国交はなく問題も山積みである。その「国と国との問題」はもちろん一国民として向き合うべきことだと思うけれども、でもやはりそれは「国と国との問題」である。「国と国の問題」は一人のクラスメイトを嫌う理由には絶対にならない。

Yは少し大人びて賢かったけれども、普通の炭酸好き・ジャンクフード好きな16歳だった。いろんな制約があって行動しているが、束の間の留学先で、世界を広げて色んなものを吸収している子だった。きっと彼は母国で日本を敵対するような教育を受けて来ただろうが、彼が最終的に信じたのは目の前のクラスメイトだったと思う。自分の目で見て話して、一緒に行動した留学先の“友達”だと思う。

批判があるのを承知で言うが、Yの母国に関しては日本人として問題視をしているが、人として私があの頃のYを敵視することはない。

もう彼は今20代後半だ。国の幹部候補生として何かしらの仕事をしているだろう。彼の成長を知る術はこれからもない。ただ、どうしても「またね」ともましてや「さよなら」とも言えなかった、もう二度と会えない淋しさをかみしめた“10数年前”はずっと消えない。ただただ、「元気でね」としか言えなかった。うちの子供たちは既にあの頃のYの年齢を超えた。そして思うことはただ一つ。無事でいて欲しい。

Yの帰国の日、私は彼に最後のショートメールを送った。

「私たちはあなたの友達だよ、ずっと」

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