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 始まりと予兆

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久しぶりにやってきた。1年半以上順調だったから油断していた。出会い?は高校2年生。それから、定期的に訪れるこの胃腸痙攣。

腰痛、肩こり、片頭痛などみんな何かしらの体の不調を持っているのかもしれないが、私は慢性的な手荒れと約8年前からひどくなっている膝下の湿疹。そして、、、この胃腸痙攣。

高2の秋だったと思う。学校にいるときから、おなかが痛くて、一晩経っても激痛が治まらなく、翌朝病院へ行ったら「胃腸痙攣」だと言われて点滴を打ってもらった。原因は?と聞いたら「疲れやストレス」と言われたと思う。高校生の私は「ふーん」とあまり心当たりはなかったような、心当たりがあり過ぎて特定できないような、まぁ多感な高校生だからね。

点滴を打ってもらい、うそのように回復した私は学校へ行き、調子に乗って昼休みにバスケをしたらまた激痛に苦しんだ。「安静にしなさい」ってお医者さんに言われたなぁ、と思いながら、日頃健康なので「バスケした方がストレス解消だよ」と思ったのだった。

それから、大学に入ってからも社会人になってからも年に数回この「胃腸痙攣」が起こる。社会人になってからは頻度が高くなった。すると、傾向もつかめてきた。

胃腸痙攣になる前に兆候がある。「顔の肌荒れ」→「口内炎」→「鼻の中の吹き出物」→「ものもらい」→「胃腸痙攣」となるのだ。子供が生まれてからはさらに頻度が高くなった。

A国に行ってから起き上がれないほどの痛みになることも多々あったのだが、運よく自分に合った漢方薬に出会うことができた。お守りのようにその漢方薬を持ち歩き、「予兆」が出てくると胃腸痙攣をおこす前に飲むようになり、多少胃腸がきしむことはあっても、寝込むまでにはならず、うまく付き合うようになっていた。

そんな風になんとか付き合っていた胃腸痙攣なのだが、A国から日本へ帰国し、11か月でまたB 国へ引っ越して数か月後のことだ。薬も何もかも効かなかった。4・5日ほど激痛に見舞われ、脱水症状にならないように少しずつ白湯を飲むことしかできなかった。私の「痛かった事件」のベスト3に入る痛みだ。胃腸の中で、蛇が暴れ狂っているような激痛が続いた。眠れない、食べられない、とにかく痛い。

病院に行って点滴でも打ってもらえば劇的に良くなるのだろうが、病院嫌い・薬嫌いの私はとにかく耐えた。原因はよくわかっていた。とにかく疲れていてストレスが溜まっていた。

ワンオペでの仕事・家事・育児をこなしながらの2度目の海外引越。B国に来てからの内政不安と子供たちのインターでの勉強と、他の日本人家族との付き合い。

そう言えば、あんなに私がのたうち回っているのに、夫は子供たちとベランダでBBQをしていたなぁ。肉の香りがベッドまで漂って来た。食べられないのに。そして食べられないと言っているのに、子供に肉をベッドまで運ばせる夫。どの時代を切り取っても夫が「とんちんかん」ではない時代が思い出せない。「やさしさ」なんだけれども。うろ覚えだが、その時うちでは普段絶対に買わない「ヤクルトもどき」を子供が肉と一緒に運んできてくれたな。飲めないのに、、、夫のやさしさのベクトルはどこに向いているのだろうか。今ならわかる。方向は問うてはいけないのだ。

次回:予兆と終息と再開(再会?)

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