
燃え尽き症候群になっていたのだが、いつまでも娘が置いて行ったものに手を付けないでいると、どんどんと気分が滅入る。元来、家が片付いていないと心地悪い。というより、イライラしてくる。出勤、外出、旅行へ行く前は特に念入りに掃除して整理してから出かけたい。疲れて帰って来て、部屋が片付いていないとイライラする。心地悪い。身体も心も休まらない。大学で、一人暮らししたときからそうだった。
起床時も同じで、前夜にどんなに疲れていても、テーブルを整え、シンクはきちんと乾拭きしてから就寝したい。朝起きて一日をスタートするのに、片付けから始めたくない。ただでさえ、朝食とお弁当を作って、シンクの乾拭きをして部屋をざっくりとクイックルワイパーして出て行くのに。と、通勤していたときは今よりもっと神経質だった?ように思う。
「カバンの中・引き出しの中・部屋の中」=「頭の中・心の中」と言われるのを時々見かける。全部が正解だと思わないが、あながち間違っていない。整理整頓も「運動神経」「芸術センス」「偏差値」などと同じように、能力の一部だと思うので、整理整頓が上手な人は「センス・能力がある」とも思っている。
私は特に整理整頓のセンスがあるわけではないのだが、片付いていないとイライラとするのは悪くはないと思っている。無駄な時間とお金を使わずに済み、心の安定と自分の時間を作れるからである。モノは少ない方がきっと良いのだろう。
と言いつつ、整理する度にどこに収納したのか、捨てたのか忘れたり、今は記憶との戦いになっているw 家全体は割といつでも誰でも招待できるが、引き出しの中は定期的に片付けないと物は増えるし、ごちゃごちゃになる。
2022年度は「片付けの1年」だった。次女の一人暮らしから始まって、長女が2月に都内のアパートを引き払って、家に荷物を運んできた。さすがに梱包の手伝いはしなかったのだが、運ばれてきた荷物を置いていくものと、寮に持って行くものとを分別した。(寮は狭いので)
2・3月のほとんどは旅行していた長女、大型荷物がないので、夫と3人で先週、寮まで荷物を運んだ。娘はさらに就職後、2-4カ月後に別の寮へ引越ししなければならない。それはそれで、超絶大変だ。
そして私は、残された荷物と格闘。定期的に物を捨てているのに、また増えた。だからまた捨てた、大量に。冷たい雨の続く変な天気の中、重い腰を上げたのだが、やり始めると心地が良い。
自分のベッドも解体して、気になっていたベッド下の掃除をし、タンスを整理し、思い切ってバシバシ捨てることにした。前回捨てられなかったものを、処分することにした。
ちょっと大げさかもしれないけれども、人はこうやって節目だったり、何かのきっかけで整理整頓して、愛着のあるものを手放し、選択して生きて行かなければいかない。約25回くらいの自身の引越しと、子供たちの引越しを数え、色んな人生の選択をしてきたと思った。
子育てに関しては「幸せエピソード」よりも、反省の方が圧倒的に多い。「もっと、ああすべきだった、こうしてあげたかった」という。それでも、モノを整理すると自分の心はスッキリとする。家の中もスッキリとする。
忙しい時ほど片付けをした方が良い。集中して、捨てられる。考える時間はあまり必要はない。前へ未来へ生きていく。シンプルだ。
↓引越し前に長女と見た桜。次はいつになるのか、ないのか。悲しくない。
↓寮へ引越したのに、翌日の予定とネイルの都合で出戻り?最後の晩餐。この国産牛肉も、私が作った蟹面も、干物も嬉しそうに食べていた。
この日は5時過ぎに起床して、朝食と弁当を用意し、引越し終わって帰宅して20時過ぎ。そこから先に風呂に入ってこの夕食。家族がいなかったら、ビールを飲んで寝ている。間違いなく。でも、娘と夫が大喜びだったので。人の原動力はすごいなと思うw
