
昨今の分娩事情は、昔とは変わっているのかもしれない。誰かに聞く機会は全くないし、調べていないので、無痛分娩が進んでいるのかもわからない。20年以上前の昔の話なのだが、子供たちが、どういう風に生まれて来たかを残しておこうと思う。
長女は52㎝ 3500gで生まれた。総合病院で産んだのだが、陣痛が始まって病院へ行くと、分娩待機室?陣痛室?に連れていかれた。他の妊婦さんが先に数人いた。
先にいた妊婦さんたちは順調に次々と分娩室へ行き、新たな妊婦さんたちも続々と入って来る。私ももうすぐだ!と、思い順番待ちしていたのだが、あいにく先着順で子供が産めるわけではない。「お産の進み具合で順番?は決まる」のだ。痛みは増す一方なのに、私の番?はまだ来ない。
結局私は、その「陣痛室」で二晩も過ごし、何人もの人が先に出て行った。
初産で、胎児が大きく、私が小さい。あと一歩のところでお産が進まなかった。陣痛室には定期的に医師が診察に来る。「赤ちゃん元気で頑張っていますから、このまま帝王切開にせずに、自然分娩にしますね。」と明るく言われた。
「頑張るしかない!」と思う一方で、この痛みから解放されたくて「もう何でもいいから、出して欲しい」とドラマのセリフのようなことが頭に浮かぶ。帝王切開が「手術」で、腹膜・筋膜・子宮を切るので、自然分娩より、産後の創傷治癒に時間がかかることを、当時医療メーカーの営業をしていた私は良く知っていた。それでも、陣痛の辛さからとそんなことを考えてしまった。
食欲のない私の食事は、残すのも申し訳ないので、夫に食べてもらった。苦しむ私の脇で、とても心配そうに、不安そうに、むしゃむしゃ、もぐもぐと、キレイに食べた。「帰っていいよ」と言っても、夫は病院の待合室のソファで二晩泊り、私のそばにいた。
この間、「どうして帰らなかったの?」と聞いたら、「○○(私)がいて欲しいと思っていると思ったから」と言っていた。
