貧乏性
「思い立ったが吉日」を書いていて思い出したのだが、エステ・スパ・ネイル・マッサージも億劫だ。嫌いではなく、行けばもちろん気持ちいいし、キレイになるのでサッパリするし嬉しいのだが、腰が重い。
A国とB国に住んでいたとき、駐妻の中には美容院はもちろんのこと、エステやネイルなど、あらゆる「美」が大好きな人が結構いた(一杯?)いつもきれいにしているマダムの一人に、「面倒だ」という話をしたら、心底驚かれた。「日本より物価が安く、破格値でそう言ったサービスを受けられ、家事や育児はお手伝いさんがやってくれるので、たっぷりと時間があるのに、やらないなんてもったいない!」と。
うん、確かに。そういう視点も分かる。理解はできるが、その気になれない。彼女はショッピングも大好きで、デパートはもちろんのこと、業者さんに家に来てもらって、オーダーメイド、、、というのも良くやっていた(良く誘ってもらった、がほとんど行かなかった)
私は気付いたのだ。彼女のようなセレブ感が微塵もない私は「貧乏性」であることを。エステ・ネイル・美容院・マッサージ・ショッピング、、、もちろん嫌いではない。なのだが、あの「一方的にサービスを受ける」ことに慣れないのだと思う。
仮に美を追求するならば、ピラティス・ヨガ・水泳など、能動的にやるものを選ぶ。完全に受け身で人から与えられるサービスに対して、自分が何も生み出していないこと、時間だけが過ぎることに抵抗を感じるのだ。“ピラティスやヨガ”と“エステやネイル”は全く違う「美」だと分かっていても、前者が日常のルーティンになることはあっても、後者はあくまでも「ご褒美」となる。
日本から友達が遊びに来てくれた時に、友達のリクエストに応じてあらゆる「美の施設」に予約を入れて、一緒に堪能していた。それは、接待でありご褒美だから。友達のリクエストに応えるとき、キラキラマダムは頼りになる。色んな「美の施設」を知っている。コスパも抜かりない。ありがたい友人だ。
家事も炊事も育児もしないで、優雅な時間を過ごすセレブな空間を楽しめない貧乏性。。。人に掃除を任せて、隅々まで行きわたっていないことにイライラするくらいなら、自分でせかせか気が済むまで掃除をした方がいいと思う貧乏性。。。時間を使うなら、大学で語学を学んだり、仕事をしたりする方が楽しい貧乏性。。。ドライバーさんにどこかへ連れて行ってもらうより、バスや電車を乗り継ぐ方が好きな貧乏性。。。
夫が常々言う。「宝くじが10億円当たっても、○○(私)はスーパーの特売でモノを買うよね」と。私の行く手にセレブの道はないらしい。ご褒美くらいでちょうどいいのだ。
