写真を見せると「覚えている」と言った。いや、言いやがった。「思い出した」が正解だ。写真とは色んな意味ですごい(怖い)笑

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写真を見せると「覚えている」と言った。いや、言いやがった。「思い出した」が正解だ。写真とは色んな意味ですごい(怖い)笑

変な夢をみて目が覚めた。目が覚めてその続きの物語を考えた。朝食と弁当の支度をしなくてはならない朝の貴重な時間なのに、5分ほど夢の続きを空想した。

下の子が10か月くらいのころから夫は単身赴任だった。次女も保育園に入れて復職した数か月後、ある日次女が急に発熱したのだが、どうしても外せない仕事があった。困っている私を助けてくれたのが、今も仲良しのKちゃんである。彼女は二人目の子の育児休暇中で、子供たちを連れてうちに来て数時間娘を看てくれた。

同級生とは不思議で特別なものだ。「不思議で特別」と思えるのは、もうそれだけ長い月日が流れたということなのだろう。その出会ってからもうすぐ30年という月日の中で変わったものも失ったものも沢山あるけれども、それでもちょっと一緒にいればなんとなく昔に戻れる。戻れない昔に戻れる気がするから「不思議で特別」なのだろうか。

終わってしまった。図々しい話だが、当事者どころか関係者でもなく、ただの「観戦者」にもかかわらず、一連の試合の高揚感とすべての日程が終了した脱力感に包まれている。

それにしても成人式で市長が何を話したか、会場の中に入ったかどうかさえ記憶がない。(会場へは行った。それは覚えている。)地元を離れて大学生活を送っていたので、久しぶりに会う友達が多くておしゃべりに花が咲き、それぞれの華やかな着物を褒めあったことくらいしか覚えていない。反感を承知で言えば成人式という名のただの「同窓会」である。1月でなくても、また別の機会に集まればいいのかもしれない。

寄生し始めた浮き輪を駆除できたのか、大親友との別れが必要なのか、それとも浮き輪と共存か

ワンオペとは上手いこと言うもんだ。

人生の岐路に立たされている。究極の選択を迫られている。このまま一生「浮き輪」とともに生きていくか。30年来の友を捨てるか。