18歳の門出 描く未来(前編)
次女のCoccoが言う。友達Oちゃんと話していたら、大学に行くのが憂鬱だというらしい。「えっ?なんで???」とびっくりした。大学生と言ったら、責任もドドーンと増すが、行動範囲も自由度も高校生に比べて格段に広がる。そして入学する前のワクワク感がある、一番いいときでは?と、何が「憂鬱」なのか分からない。
話を聞くと面白い。今まで、卒業して進学する度に「6年」「3年」という括りがあって、その括りの先にまた括りがあって、数年ごとに常に「新鮮な環境」を得ることが出来た。でも、4月からの大学の「4年」は最後の括りである。この括りがなくなったら、連綿と50年も60年も続く、もしかしたら何の刺激もない日々が待っているかと思うと憂鬱だと言う。
さらに、自分の周りの大人たちがそうであるように、子供の人生が自分の人生になって、子供が巣立ったら、何をしていいか分からない親に自分がなったら嫌だと言う。
賢い子って先々を見据えて、短期・中期・長期のビジョンを描き実現可能なこと・難しいことを見極め、実現するためのステップを考える想像力と計画性と判断力がある。でも、それはある意味「賢過ぎて、自分の器を決めつけてしまっている」ようにも映る。
まぁそのOちゃんも、きっと○○ブルー(マリッジブルーとかマタニティーブルーとなど)系の一過性のものなのだろうが、この18年でいろんなことを見て感じて生きているのだなぁーと感心する。
自分自身は、受験勉強の開放感と独り暮らしへのワクワク感で、そんな大学入学前の「ブルー期」はなかったが、Oちゃんの気持ちは良くわかる。40後半である私もこれからまだ40年続く人生で、これからも自分で「区切り」を決めて、目標を立てて生きて行かなければならない。どんな未来にしようか常々悩んでいる。 (後半へ続く)
