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「いつか」は来る

「いつか」は来る

Photo by Felix Mittermeier on Pexels.com

4月も下旬となり、もうGWに突入する人もいるだろう。社会人になると、新年度のバタバタの後に来るGWは本当にありがたい。(でもそのあとに来る、祝祭日のない6月が重たいのだが苦笑)

我が家の近くの道は小中学生の登下校の通学路になっている。土曜日登校があり、月曜日が休みだったりすると、あれっ?と思うほど、毎朝元気に登校する子供たちの声は日常となっている。

そんな中、4月に入り、毎朝「嫌だぁー、ママぁーー、イヤだぁーーーー」と泣く声が聞こえてくる。窓の外をのぞくと、集団とは一緒に登校せず、少し遅い時間帯に母親と手をつないで歩く子供の姿が。泣き叫ぶ子供には目をやらず、言葉をかける様子もなく、黙々と歩く母。

引越しばかりで、中学生までの間に国内外の転園、転校が10回ある我が子たちだが、幸い「学校(保育園)へ行きたくない」と言ったことはなかった。「母に言えなかった」もしくは「母が言わせなかった」だけなのかもしれないが、言葉が通じなくても、文化が違っても、「行きたくない」とは言わなかった。

0歳で保育園へ預けたときも、長女は慣らし保育で少し泣いたが、すごく苦労したおぼえはない。次女に関しては常に姉がいるからか、どこへ行っても泣くことすらなく、「やれやれ、ようやく私も通えるのか」くらいの面持ちだった。

とはいえ、人それぞれ違いはあれど、自分が生きていくだけで悩むことは多い。子を育てとなると悩むことなんて五万とある。授乳の量から始まり、寝返りの時期、歩く時期、おむつが外れる時期、箸がうまく使える時期、文字が書けるようになる時期など、濃淡はあれど羅列したらキリがない。

成長するにつれて悩む項目の数は、乳幼児期よりも減っていくかもしれないが、悩み事というか、心配事がなくなるわけではない。こんな薄情な私ですら、一緒に暮らしていない社会人の長女のことも、大学生の次女のことも、「心配」と言うほどではないが、一応気にかけてはいる。

よほどの事情がない限り、ずっと泣き続けたり、ずっとオムツのままだったり、ずっと文字が書けなかったり、と言う子は多くない。「いつか」はきっと来る。みんなそれぞれのペースがあって、自分のタイミングで「いつか」が訪れる。

今は毎朝戦争で、葛藤でいつになったら、、、と思うだろう。しかしながら、10年後20年後、きっと楽しい思い出話になっているはず。「いつか」は来るのだから。と、こっそり陰から願っている。

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