4-5年前から、友人の親御さんの訃報が届く機会が増えてきている。実家が地方にある友人は週末ごとに飛行機や新幹線で帰省し、お見舞いに行ったり、介護に行ったりし、最後の時を迎えている。実家と絶縁状態の私は頭が下がる思いで話を聞く。

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4-5年前から、友人の親御さんの訃報が届く機会が増えてきている。実家が地方にある友人は週末ごとに飛行機や新幹線で帰省し、お見舞いに行ったり、介護に行ったりし、最後の時を迎えている。実家と絶縁状態の私は頭が下がる思いで話を聞く。

結婚前から、捨てるに捨てられずにいたモノがある。それは、母の花嫁道具である、55年くらい前から使っている「敷布団」だ。

次女が小6の時の道徳のノートが出て来た。まだ数ページ余っているので、私がメモ帳にしてから破棄しようと思っていたのだが、なんとなくペラペラノートをめくっていると、「道徳」の授業内容や方針が見えてくる。

手放すには勇気がいる。家の中が片付いていて、タンスの奥で眠っているだけだとしても、捨てることには躊躇がある。そこにまつわる思い出とどう折り合いをつけるか。

最後の「過保護」だと思って、引越し業者+家族総出で“mission complete(任務完了)”である。テスト中のcoccoに代わり、長女が不動産屋へ鍵を取りに行き、ガスの開栓から、五月雨式に届く電化製品や家具・寝具などを受け取ってくれた。私の方の業者の搬出が終わったら、待機中の長女が引越し荷物を受け取った。

モノを増やさないようにしているし、引っ越し回数も多いのに、引き出しやクローゼットをひっくり返せば、色んなものが出てくる。忘れていたものも。忘れているくらいだからいらないのだよ。。。と思う。なのに、捨てられないモノもある。