銀座の筍の物語
たけのこの季節になるとたまに思い出すことがある。父とのたけのこの思い出だ。父とたけのこと言えば、去年書いた「たけのこ物語」が先ず来るのだが、別の父との思い出話。
就職して数年目、私がまだ独身の頃。独り暮らしの私が、どうして父と丸の内・銀座界隈で飲むことになったのか覚えていないのだが、仕事帰りに父の行きつけの丸の内の店で待ち合わせをした。
場所は八重洲地下の一画だ。店内に入ると、ダークスーツの「おじさん」しかいない日本酒専門店。若い女の子はおろか女性がそもそもいない。店に入ると嬉しそうに父が手を低く挙げた。おじさんばかりでも、自分の父親は直ぐにわかる。不思議だ。
父は私に何も聞かずに、自分と同じ升酒を頼んでくれた。20代男子もいないのでは?と言うような空間だったので、ジロジロと見られたのを覚えている。が、気にする性格ではないので、父が注文してくれた升酒を楽しんだ。
こういう父がいる家庭で育てられていると、こういう娘に育つのかもしれないが、24-5歳の女性が気軽に入る感じの店ではなかったので、私はワクワクした。父のオーダーセンスも良く、お酒もつまみも美味しい。価格がとてつもなく高い店なわけではないが、「おじさん」と一緒でないと楽しめなさそうな店だった。
今でこそ「日本酒ブーム」はある(あった)が、私が学生・社会人になったばかりの頃、日本酒やウィスキーを飲む女性は少なかったように思う。ワインブームも来ていなかったのでは。多分、バブル崩壊後のカクテルブームの名残がまだあって、○○サワーに移行していた頃だ。「この父の好みを掌握した母」に育てられていたので、お酒と料理の趣向はだいたい父と同じであり、私とカクテルブームは無縁だった。甘いお酒は飲まない。「淡麗辛口純米酒」が基本好きだ(濃厚でも良い)。その日の父との飲みは楽しかった。
大学から独り暮らしをし、帰省する度に父は「美味しいお酒(日本酒)」を用意して待っていてくれていた。電車で日帰りできる場所なのに、年に1.2回しか帰らず、社会人になってから帰省するのは年に1回くらいだった。
次に行った店は、銀座の小径にある、5.6人入ればいっぱいになってしまう、小さいお店で美人女将がいた。既にバブルは崩壊しているのに銀座で店を続けているなんて、、、と当時そのように思ったかどうかは不明w 父は常連らしく、名前で呼ばれていて、いわゆるメニューのないお店で、父が女将?ママ?のおススメとお酒を注文した。
そこで出てきたのが焼いたたけのこだった。それに合う日本酒と一緒に。24.5年前のことなので、味は覚えていないのだが、薄暗いL字型のカウンターと、美しく盛られた香ばしいたけのこと、日本酒は記憶にある。そして、漠然と思ったのだ。
「将来こういうお店を持ちたいな」と。
そして、こういう洒落た店を知っている父を「かっこいいな」と思った。母が子育てをし、家庭を守っていたから、”こういう”父がいることを十二分に知っているので、母に申し訳ない気持ちになったのも覚えている。でも、戦後片親で育ち、奨学金で大学に通って社会人になり、こういう粋な店を知っている父を純粋にかっこいいと思ったのだった。
そのお店の後、有楽町の駅の近くの昔ながらの中華屋さんでラーメンと餃子とビールを二人で食べた。今日は私が「きちんと稼いできちんと生活しているよ!」という意味で、ご馳走しようと思っていたのに、結局父が会計してくれたから、ここのお代だけは私が強引に支払った。
父は始終嬉しそうだった。1軒目も2軒目も知り合いに合うと「2番目の娘です」と、驚くほど嬉しそうに私を紹介した。
自分が親になって、あの時の父の気持ちが少しわかるようになった気がする。もう何年も会っていない。連絡も取っていない。父はこの「銀座の筍物語」を覚えているのだろうか。
