
↑2023年11月撮影:銀座和光
4-5年前から、同年代の親御さんの訃報が届く機会が増えてきている。実家が地方にある友人は週末ごとに飛行機や新幹線で帰省し、お見舞いに行ったり、介護に行ったりし、そして最後の時を迎える。実家と絶縁状態の私は頭が下がる思いで、友人たちの話を聞く。
話を聞いていると、大変なことは五万とあるのだが、中でも「遺品整理と実家終い」は特に大変なようだ。
田舎の一軒家でLDK以外に10部屋も個室があるような家だと、タンスは15-6竿もあり、各部屋(和室)には押入れがあって、そこにパンパンにモノが詰まっている。何年も干していない寝具や衣類を整理し捨てるのは体力がいる。立派な家具はまだまだ使えるが、次の行き先を見つけるのは容易ではない。
都会に住んでいると、毎週ゴミ出しができる。この間私が捨てた敷布団は申し込めば、指定された回収日に、いつものゴミ置き場に捨てれば、持って行ってくれる。利用したことはないが、リサイクルショップも頼めばまとめて引き取りに来てくれるはず。
地方だと資源ごみは回収場へ自分で運ぶのが主流だったり、そもそも毎週回収してくれないゴミの種類もあったりする。さらに、あまりにも一気に大量にゴミを捨てるのは近所迷惑になるという。(収集車が予測しているゴミの量のキャパを超えると、「普通」に出している人のゴミが回収できなくなる)
さらに商売をしていると、大量の書類が残っているのだという。仕事関係の書類、捨てるにしてもシュレッターにかけなければならず、これがまた大変。紙類は重いし、シュレッターにかければかさ張るし。
親が大切に使っていた食器やアクセサリー、よく着ていた服など、感傷に浸っている暇がないほどの量で、ある友達は半年ほどかけて都内に住む姉妹で交互に帰省して整理し、別の友達は1年経ってもまだ整理できていないと言っていた。
同年代の友人には、まだ小中学生の子供を持つ人も一定数いる。子供を置いて、毎月遺品整理に遠方まで行くのもかなりの労力だという。さらに仕事があればなおさらだ。
私が料理好きなのを知っている友人たちは、「coccocanなら喜んでくれると思う食器がいっぱいあるのだけれども、持って帰ってくる余裕がない」と口を揃えて言ってくれる。
私はかなりの片づけ魔であり、引っ越し経験が豊富?なので、悪くない戦力になれる自信は多少あるのだが、自分の実家の片づけに友達を呼ぶのは抵抗があるだろう。遠方だし。
そんな友達の実体験や、断〇離という番組をたまに見ては、「元気なうちにモノを減らさないといけない」とせっせと片づけをする。私のモノは私が整理しないと、子供たちに迷惑がかかる。
例の番組を見ていると、親が生きているうちに説得して、モノを減らしていくのはとても大変なことだと良くわかる。しかしながら、モノを整理するということは、気持ちを整理していくことであり、家の中がスッキリとして快適で暮らしやすい空間になることは、身体が機敏に動かなくなると、かなり大きなメリットがあるはずだ。
と、口で言うのは簡単なのだが、親が納得するかどうかはまた別問題。難しい問題だ。ほんの少しで良いから、残される子供のことを考えてくれたら嬉しいのだが、そこには大きな壁がある。
私が思うことはただ一つ。子供たちが、亡くなった人(私)のモノの整理に、子供たちの貴重な時間を使って欲しくない。ただそれだけだ。と言いつつ、まだまだ捨てられないものは沢山ある。引き続き、定期的にモノとのお別れをしていかなければ。
