姉ばかりではなく、親とも決定的な絶縁になったのは、長女の高校の卒業式で着る袴の相談をしたときだ。ちょうど5年前。娘が私の大学卒業時の袴の写真を見て、「この着物が良い」というので、貸してほしいと母に連絡した。

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姉ばかりではなく、親とも決定的な絶縁になったのは、長女の高校の卒業式で着る袴の相談をしたときだ。ちょうど5年前。娘が私の大学卒業時の袴の写真を見て、「この着物が良い」というので、貸してほしいと母に連絡した。

中学3年2月、姉の日記を見てしまった。私立高校が受かって、公立高校受験の前だった。姉の日記にはこう書かれてあった。

21年半。この歳月が長いのか短いのか、、、ということより、この年月はドンドンと更新されていく予定だ。何が悪かったのか、何を間違ったのかもわからない。でも、この実の姉との「音信不通」の時間は更新し続けている。

年に一度の健康診断休暇で、私たちは海外に在住時に何回か九州を訪れた。熊本へ行ったときのこと、駅近くのお土産ショップにしゃべるくまモンがいた。cocco(次女)がとても気に入って、くまモンとずっとおしゃべりをしていた。

2月の終わり、この時期になると自分の大学受験を思い出す。2月下旬に第一志望のテストがあって、その1週間後くらいが確か発表だった。合格が分かったときのあの解放感。滑り止めは合格していたが、第一志望がダメだったら、親に頭を下げて浪人して、国立を受験しようとこの頃は思っていた。

母が入院した。どのくらいだったか忘れたが、地方の大学付属病院に1か月くらい入院した。中学2年生になる春だった。たけのこの季節だった。