これは前夜、帰省してきた長女の朝ごはん。かんぱちが安かったので、漬けにして細巻きに。細巻きは滅多に作らないからか、ご飯の加減が難しい。多すぎると海苔が足りなくてでぶっちょに。少なすぎると海苔が重なって、よろしくない。

healthy, yummy, easy and gorgeous

これは前夜、帰省してきた長女の朝ごはん。かんぱちが安かったので、漬けにして細巻きに。細巻きは滅多に作らないからか、ご飯の加減が難しい。多すぎると海苔が足りなくてでぶっちょに。少なすぎると海苔が重なって、よろしくない。

B国で一緒だった、Cさんとその娘のSが遊びに来てくれた。Sはcocco(次女)と同級生で、当時我が家が家族で参加していた、サッカーチームで知り合った。帰国後も毎年のように顔を合わせていたが、子供たちが大きくなり、ここ数年は母たち・子供たちで顔を会わせる機会がなかった。今回は久しぶりに、Cさん・S・長女・coccoと私で集まった。

彼女は背が高く、手足が長い、色白なスレンダー美人。(背の高いスレンダー美人の友人が多い気がする笑)品があって聡明。彼女も帰国子女で(アメリカ帰国10年以上の生粋の帰国子女なので、私とはレベルが違うが)、結婚・出産後に海外2か国を経験している。そして、出身大学が同じ。ご主人も同じ大学で、夫と私の間の学年。夫婦とも年が近くて共通点が多い

外国人と話していると、お互いのバックグラウンドや文化・習慣が違うことを前提としていて、その違いを分かり合おうとする。日本人同士でもそうだったらいいのに、と良く思う。奥様会も駐妻ランチも習い事も、海外で不安な人にはありがたい場所なのだろうから、そう思う人たちで楽しめばいい。ただ、私は他にやりたいことがあると言うだけだ。

英語やA国の言葉で会話をするときは、相手を理解しよう、自分の考えをわかって欲しいと、一生懸命話をする。上手く伝わっていなければ、言葉を選びなおしたり、説明を加えたり。相手の言葉のニュアンスが正確に理解できているのか不安な時は確認することもしばしば。とにかく「一生懸命」なのだ。海外で出会った友達にいらぬ誤解を与えないように、勝手に誤解しないようにと必死なのである。

最初に日本語を窮屈に感じたのは、子供の頃にC国で過ごし日本に帰国した時だ。小学校5年生の2学期に帰国した後の、2者面談で母が学校の先生に「〇〇(私)さんはハッキリとモノを言いすぎる」と言われたらしい。そのとき私は母に言った。「直接私に言えばいいではないか」と。

夫が帰ってきて、PCを診てくれた。開口一番言った言葉は「思ったより重症だね」だった。病院で医者に「覚悟して下さい」と言われている気分だった。

「~だと思う」は、日本人ならおそらく誰でもよく使うフレーズだろう。別に何の違和感もないし、ごくごく当たり前の日常会話の述語だ。