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 不自由な日本語(後編)

外国人と話していると、お互いのバックグラウンドや文化・習慣が違うことを前提としていて、その違いを分かり合おうとする。日本人同士でもそうだったらいいのに、と良く思う。奥様会も駐妻ランチも習い事も、海外で不安な人にはありがたい場所なのだろうから、そう思う人たちで楽しめばいい。ただ、私は他にやりたいことがあると言うだけだ。

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 不自由な日本語(中編)

英語やA国の言葉で会話をするときは、相手を理解しよう、自分の考えをわかって欲しいと、一生懸命話をする。上手く伝わっていなければ、言葉を選びなおしたり、説明を加えたり。相手の言葉のニュアンスが正確に理解できているのか不安な時は確認することもしばしば。とにかく「一生懸命」なのだ。海外で出会った友達にいらぬ誤解を与えないように、勝手に誤解しないようにと必死なのである。

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 不自由な日本語(前編)

最初に日本語を窮屈に感じたのは、子供の頃にC国で過ごし日本に帰国した時だ。小学校5年生の2学期に帰国した後の、2者面談で母が学校の先生に「〇〇(私)さんはハッキリとモノを言いすぎる」と言われたらしい。そのとき私は母に言った。「直接私に言えばいいではないか」と。