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いろいろな形

いろいろな形

来月、9日間金沢へ行く。去年も同じ時期に行ったワーケーションだ。ここは人気の宿なので予約が取りにくい。ここを予約したのは去年8月下旬、まだ高松旅行をする前だ。

夫とはこの金沢ワーケーションが決まってから、次は石川のどこへ行こうかと、何度も話していた。私は去年定休日で入れなかった、山の奥の温泉へ行きたい。気に入って2回も行った内灘町の温泉も。夫は新婚旅行では行ったが、去年は行けなかった兼六園と金沢城へ行きたいらしい。私は去年雪の兼六園と金沢城へ行ったのでもう良い。「一人で行って来たら?」と言ったら、黙ってしまった。

そんな他愛もない楽しい会話をしていたのが年末。私たちは元旦のお節料理を食べ終わり、ポカポカのリビングで親子3人がトトロのカルタで遊んでいた。私はリビングに続く部屋で、長襦袢に半衿を縫っていた。そんな長閑な元旦の夕方、スマホの警報機が一斉に鳴った。

1月中旬の時点で、金沢城公園は一時閉園、21世紀美術館は休館、内灘町はまだ断水しているようだ。数人の友達から「来月金沢へ行くの?」と聞かれる。私は「行くよ」と答える。

不安が全くないわけではないのだが、今金沢市にとって観光客が減るのが一番の打撃だと思う。義援金や物資の支援はもちろんだけれども、経済が回って行かないと、復興出来ない。宿のオーナーから特別連絡がないということは、近江町市場周辺は問題ないということ。予定通り、私たちが石川を楽しみ、現地で沢山お金を使ってくることが、今我々が出来ることだ。いろいろな形でサポートできれば良い。

2004年12月下旬、スマトラ島地震でタイのピピ島が大きな被害に遭った。夫は卒業旅行でピピ島を訪れており、ピピ島は思い出の地。私たちは地震の1年後の2005年、A国に住んでいたとき、ピピ島へ行った。

あったはずのホテルやお店がなくなり、瓦礫がそのままになっており、変わり果てた姿に夫はショックを受けていた。完全に復興するにはかなりの年月がかかるであろうことは、素人の私の目にも明らかだった。我々はピピ島の中心地からボートに乗り換えてさらに離島へ行った。

海の美しさに私たちは感動した。沢山の珊瑚が波打ち際にあがっていた。津波の影響だったのかもしれない。

その時夫は言った。「観光客が沢山お金を落として行かないと、なかなか復興は進まないよね。」と。私たちはその後、2006年、2007年とさらに2度ピピ島を訪れた。

今回も蟹・のどぐろ・白バイ貝・カレイ・ふぐ。地元の食材とお酒をたらふく食べて飲んで、石川を楽しんでくるつもりである。とにかくしっかりと体調を整えねば。

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