鹿児島県:知覧特攻平和会館と知覧茶

鹿児島県:知覧特攻平和会館と知覧茶

H先輩お任せコースで回った旅の最終目的地は、知覧特攻平和会館。鹿児島に行くことになって、私が一番行ってみたいと思っていた場所だ。

特攻作戦とは、250kgの爆弾を装着した戦闘機が敵の艦船をめがけて突撃する、すなわち操縦者は敵の艦船と一緒に爆死するということ。この作戦は、米軍が沖縄の慶良間列島に上陸したことにより、1945年3月26日に始まった作戦。戦死者は1,036名、そのうち半数近くの439名が知覧基地から出撃している。

この日はあいにくの天気だったが、ドライブ中に雲の切れ間からくっきりと、凛とした美しい姿を見ることが出来た。知覧基地から飛び立った若者たちは、この開聞岳を眺めながら、慶良間列島へと向かったそうだ。(写真はHPから)

開聞岳の美しさと、史実との隔たり。

入場すると展示物会場の手前に、概略を説明してくれる15分程度の映像を見ることが出来る。

ここで、この平和祈念館の概略を頭に入れてから、展示物を見るのがおススメである。

沢山の直筆の手紙や特攻服、遺品が残されており、隅々まで見たいのならば、ここで一日過ごすくらいの時間が必要である。時間が押していたので、写真を収めながら、なんとか一通り見学した。(↓スライドショー)

海軍 零式艦上戦闘機 (↓スライドショー)

展示だけではなく、特攻隊員として招集されたが、天候不順を含めて様々な理由で戦死しなかった人々のビデオによる講話を見ることが出来る。偏向報道・間違った(偏った)教育・集団圧力の怖さを実感する場所であった。

三角兵舎(復元) 特攻隊員たちの半地下の宿舎(↓スライドショー)

平和会館の外には特攻平和観音堂や、初等練習機として航空自衛隊で実際に使っていた飛行機などが展示されている。

鹿児島に赴任してから2年弱の先輩、展示室に入る前に、見た方が良い展示物をいくつか紹介してくれた。よって、おそらく4~5回はこの記念館に訪れているのではないかと、帰りの車内で訪問回数を聞いてみたところ、なんと8回。初めて訪れたときは、全ての手紙や展示物を読もうと思い、5時間以上過ごしたそうだ。

車がないとアクセスしにくい場所なのだが、多くの人に足を運んでほしい。ここの展示物は米国にも貸し出しをし、史実を双方の立場から検証している。

夕方5時、もう一つのお目当てである知覧茶を買おうと思ったら、来た時には開いていたお店が軒並み閉店。ちょっと離れた場所の1軒が店じまいをしようとしていた。慌てて「まだ大丈夫ですか?」と入れてもらった。枕崎から知覧までの間、無数の茶畑を見て来たので絶対に買いたい。

説明を聞きながら、試飲をさせていただき、香りが抜群に華やかな新茶も良かったが、すっごく迷って、味がしっかりとしていて甘みのある「さえみどり」品種を義実家への土産にし、家にはやぶきた茶を購入。(「お茶の春一番」という茶農家直売店なので、鹿児島市内では買えない。もしくはネット販売。)

私たちの後に二組が入店したので、10分くらいの間に1万円くらいの売り上げになったはずw

この日先輩が案内してくれた一日コース。雨の中の運転、本当に感謝だ。

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4件のコメント

  1. 負の遺産も後世にきちんと伝えていく必要があると思いますよ。辛い思い下した人々の残した言葉や物を知る事で平和を大事にする気持ちにならないといけませんね。

    1. 今でも情報統制をしている国は多いですし、この日本でも偏向報道が根強く、事実を知ることはなかなか難しいです。
      こういった、遺品を元に史実を知ること、後世に伝えて行くことは続けていかなければなりません。
      京都や奈良の修学旅行も良いのですが、出来ればもっと多くの学校に、全国の学校で、こういう場所も候補地になって欲しいものです。

  2. 特攻隊の若者たちは、どんな気持ちで知覧基地を飛び立ったのでしょうね。これからの長い人生が待っているはずの若者たちが死を覚悟して飛び立つ!もし自分だったらと思うと、やりきれない気持ちになります。敗戦が分かっていたはずなのに決断が遅れて無駄にした若者たちの尊い命は悔やんでも悔やみきれないです( ^)o(^ )

    1. 情報統制の怖さ、「教育」という名の洗脳の怖さを改めて感じた場所でした。
      3月末に米軍が沖縄上陸した時点で、降伏していたら、若い特攻隊の命も、原爆投下もなかった、、、
      この史実をずっと伝え続けないといけませんね。
      鹿児島へ行ったら必ず行くようにと、子供たちに言い続けます。

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