新居は新幹線停車駅まで徒歩距離。こんな徒歩距離に住宅用の物件があるなんて、東京駅を想像するとにわかに信じ難い。住みにくいのではないのかと、もう少し離れた場所を推奨したのだが、頑として譲らなかった夫。

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新居は新幹線停車駅まで徒歩距離。こんな徒歩距離に住宅用の物件があるなんて、東京駅を想像するとにわかに信じ難い。住みにくいのではないのかと、もう少し離れた場所を推奨したのだが、頑として譲らなかった夫。

夏の富士山も良いけれども、やはり雪に覆われている富士山は美しい。飛行機の上から火口がくっきり。こんなにきれいに火口が見えるとは‼

トップ画は常盤木の羊羹。5月末は普通の羊羹と緑茶を義母に送ったので、今回は干し羊羹と緑茶を送った。「生菓子と干菓子の中間で美味しい」というコメントが。さすが義母。上手なピッタリの表現だ。

熱海のイオンで買い物していると、長女がふかふかの蒸しパンを持ってきた。売り場を除いてみると、12・3種類の大きい蒸しパンがずらり。どうやら地元では有名らしい。レンジか蒸し器で温めなおしてふかふかのほかほかで食べるのが美味。熱海へ行ったら食べるべし。

11月下旬の熱海旅行、今回も地元食材を堪能。観光をメインにしたため、スーパーへ行くのが夕方となり、思ったような魚介はゲットできなかった。と思っていたが、振り返れば贅沢な品々が揃った。

地元の食材で美味しいお弁当を作って行楽地へ。出来立ても良いけれども、ポカポカの日差しの中、外で食べるお弁当は最高。今回は熱海産の旬の柚子をふんだんに使い、いつもの料理がちょっと特別に。柚子は魚介にも肉にもお菓子にも合う、万能な果実。米ももちろん静岡県産。

熱海市内が急こう配な坂だらけなこともあって、初島の坂はそれほど苦にはならず、天気が良かったこともあり、とにかく気持ちが良い。どこを切り取っても絵になる。

熱海港からフェリーで30分の場所にある初島。熱海港までは駅から徒歩で30分。(バスも運行)なかなかアクセスの良い離島。2時間もあれば島を一周できるくらいの大きさなので、日帰りでも十分なのだが立派な宿泊施設やヘリポートもある島。

中山晋平と聞いてもすぐには思い出せないかもしれないが、「シャボン玉」「てるてる坊主」「アメフリ」などの童謡、「東京音頭」をはじめとする民謡、「東京行進曲」を代表する歌謡曲など、大正から昭和初期に数多くの作品を手掛けた作曲家。誰でも何かしら必ず耳にしたことがあるだろうし、童謡は我が子たちももちろん知っている。

五月の終わりに行った熱海が楽しかったので、11月後半の連休に紅葉を観に行ってきた。熱海駅から徒歩で35分ほど。駅前からバスで約15分。良い散歩になるので、海を眺めながら歩くのがおススメ。

夫が食べたい!!と強く希望していたのが、この能登牛(のとうし)。能登もち豚がとても美味しかったので、「牛好き」の夫としては是非とも食べた一品。玉ねぎ以外は全部石川県産。米もほうれん草も能登。北陸は美味しいモノに溢れている!

友達が実家の庭から持って来てくれたかりんシロップとかりん酒、漬けてから1か月ちょっと経ったので、正月に家族で飲んでみた。お酒はまだまだだったのだが、かりんシロップは蓋を開けると何とも言えない、柔らかい香り。お湯を注ぐとさらに香りが立ち、華やかでさわやかな味わいが何とも言えない。

ちょうど1年前、去年の2月金沢へ行った。その時、saganhamaさんに教えていただいた、「魚がし食堂」でご飯を食べた。saganhamaさんが訪れた店舗とは異なるが、金沢駅にニューオープンしたばかりの店舗は、新幹線で訪れる観光客には非常に便利な場所。11時オープンなのだが、すぐに満員になってしまう人気店。

先月、近くに住む大学時代の友人Mちゃんから、「実家のかりんいる?」と連絡をもらった。新幹線の距離に住む田舎のお母さんの具合が悪く、毎週の様に帰省しているという。そんな大変な時に、重たいかりんを持って来てもらうなんて申し訳ないと思ったのだが、「庭のかりんが良い感じだから」と言ってくれた。かりんなんて、滅多に売っていないので、久しぶりにかりん酒とかりんシロップを作ることにした。

関西空港を使った関西への旅。最高気温が4度くらいの寒い日が続いた上に、外で観戦したり、ワシワシと歩き回ったりして結構疲れた。まぁこういう時は、やっぱり温泉だよね!ということで、関西空港駅の手前にある温泉に入ってから、飛行機に乗ることにした。

色んな競技を観ているが、知り合いが出ている試合はやはり面白い。応援に熱が入る。彼の試合は今年が最後である。もう2度と来ない学生スポーツの世界。行くか!! 雨が降っても雪が降っても覚悟するしかない。

全てがうろ覚えなのだが、私が小3の6月下旬だったと思う。真夜中に電話が鳴った。夜に鳴る電話は日本からに違いない。しかも夜中に鳴るのは「緊急」だからだと8歳の私ですらわかった。電話は祖母と同居している母の兄・叔父からだ。内容は「祖母が危篤である」だった。当時、祖母は59歳、母は33歳。