モンゴル ウランバートルへ戻る Day7 Jul, 2025

モンゴル ウランバートルへ戻る Day7 Jul, 2025

朝焼け

7日目最後の日はウランバートルへ戻るだけ。D6から赤丸のところまで走る。距離的には来た道の2/3くらいなので結構な距離(上の地図だとわかりにくいが。)

朝からラクダの声が聞こえる。久しぶりにこんなに毎日朝焼けと夕陽と星空を見た。毎朝、毎夕、毎晩、飽きることはなかった。遮るものが何もない。自然の中から出てきて沈んでいく。それだけで美しい。

自然の一部

私たちはこの旅で、動物の亡骸や骨を何体も見た。あるツーリストキャンプでは、家族ゲルのところで、山羊を解体していた。ほんの短い期間だが、少しだけ自然に触れることが出来た気がする。人間は動植物の生命を食して生きているし、亡骸も排せつ物も大地へ還っていく。人間はただただ「生かされている」のであり「自然の中の一部」であると強く感じた。言葉にするととても陳腐でもどかしいのだが、モンゴルの大地からのエネルギー・パワーを感じる旅だった。

デジタルデトックス

電線もない、コンクリートもない、ビルもない、道もない7日間。私たちはSIMを買わなかったので、ツアーの間は携帯を触ることはなかった。ガイドのSさんが心配して「WIFI飛ばそうか?」と何度も言ってくれたのだが、もはや電源を入れるのが恐ろしい。娘と二人で「現実に戻りたくないから、ウランバートルのホテルまで触らないから大丈夫。」と断った。デジタルデトックスをしたいのならばうってつけの場所。(ホテルに戻ってWIFIをつないだら、「7日間も連絡が取れないなんて、せめてどちらかが携帯繋がるようにしなよ!」と次女coccoに叱られた。家族4人の中で、coccoだけがちょっとだけ心配性。いや、多分coccoが普通の感覚で私たちが「どうにかなるでしょう」タイプ。)

ガイドさん交代

マンダルゴビというダランザドガドとウランバートルの中間地点の場所で、まさかのガイドさん交代。ウランバートルから来る新しいツアーのガイドをSさんが行うという。同じ旅程を今度は6日間で行くのだ。

7月8月は繁忙期

モンゴルの夏は短く、冬は氷点下20度以下になる極寒の大地。緯度が高いため、夏は5時~20時半と日が長いのだが、冬は8時半から17時半と日照時間が短い。よって、7月8月は観光旅行客が集中する。Sさんも冬場は別の仕事をしているというほど、ガイドとしての仕事は7月8月がピーク。オファーがあるときに仕事をしなければ収入に影響する。

いや、しかし、、、本当にタフだ。

水洗いで洗濯はできなくはないが、水はチョロチョロ、シャワーもチョロチョロだったりお湯が出なかったりという環境だし、「ガイド・運転手部屋」というゲルで寝る日が続く。そして、何よりも連勤である。1日も間に休みがないのだ。(Sさんは朝晩料理もしている‼)Sさん曰く、この時期はそういうものなのだとか。21日間・28日間ツアーなんかもあるので、「そういうもの」なのだろう。交通が不便なのでドライバーもガイドも簡単に交代などできないのだ。

交代のガイドさんは

帰るまで道中で一緒だったガイドBくんは、大学を卒業したばかりの23歳。背が高く、手足が長く、線が細い。ホンゴル砂丘の青年とはやはり違う。彼は建築学科を卒業し、これから就職先を見つける。モンゴルでは、卒業してから就職先を決めるのが一般的らしい。学校のプログラムでアメリカへの短期留学のために、ガイドのアルバイトを始め、普段は日帰りのツアーを担当しているのだとか。

SさんにもBくんにも「何か国行ったことがある?」と聞かれた。その時、娘は20か国ちょっと、私は30か国ちょっとと答えたのだが、帰国後カウントしてみたら、娘は30か国も行っている。

私たちの答えにBくんは少しうらやましそうに、アメリカとそのときに経由した韓国しかないんだと教えてくれた。彼はモンゴル北西部(ウランバートルから真っ直ぐ西)のスキーができる地域に実家があり、今はウランバートルで弟と住んでいる。次のモンゴル旅行はちょうど彼の故郷の辺りを考えていることを伝えたら、嬉しそうに「スキーが楽しめて、星がきれいだよ」と言ってくれたのだが、間違いなく夏に行くと思う。

どんな建築が好きなのか聞いてみたら、短期留学で訪れたアメリカの都市部のようなモダン建築が好きだそうだ。日本の建築にも興味があるので行ってみたいと言ってくれた。

向上心・探求心にあふれるモンゴルの若者たち

ダランザドガドの博物館でガイドボランティアをしてくれた16歳の高校生も、ホンゴル砂丘で会ったモンゴルキッズや19歳のママも、そしてこの未来の建築家も、自分の未来を明るくするための努力を惜しまない素敵な若者だ。上手な英語ではないけれども、一生懸命話そうとするその姿勢は「貪欲」というよりも「向上心・探求心」だと思う。家族が、そして国が発展しますように、という願いがそこに感じられる。

セカンドランゲージの自由

モンゴルは南に砂漠があるからか、ロシアの影響が強く、Sさんが学生の頃は第二外国語はロシア語だったらしいが、今は選択の自由があるという。デジタルネイティブ世代、自分次第でいかようにも羽ばたけるのだろう。

若者だけの特権ではない

成長は、若者だけの特権ではない。デジタルネイティブではないけれども、デジタルも使いつつ、それ以外の手段もいっぱい知っている我々世代は、まだまだ色んな方法で違う世界が見られる。この旅で、また少し強くなった。細々とだけれども、私もきちんと前に進んでいる気がする。

連絡先交換したよ

次の旅も出来れば、ガイドSさんとドライバーPさんとで行きたい。最終日にSさんとの連絡先を交換したので、次回行くときは指名したいと思う笑 そして、日本のお土産を持って行きたい。

↓行きは雨だったけれども、帰りは晴天。景色が全然違う‼

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2件のコメント

  1. 仰る様に日本で生活していると朝日も夕陽も星空も殆ど見ないですね。綺麗な空を毎日見られてすっきりのモンゴル旅行でしたね
    <動物の亡骸や骨を何体も見た>自然そのものですね。単独では歩けないモンゴル旅行を強く感じました。また若者たちの勤勉さも感じました(*^_^*)

    1. 首都圏は、昨日(10月8日)の夕陽がきれいだったのですが、ビルの谷間からしか見えなくて、ついつい「モンゴルの夕陽が懐かしい」と思ってしまいましたw 

      経済状況がすごくいいわけではないのですし、国外へ行くことは贅沢なのだと思いますが、勤勉な若者に出会えて楽しかったです。

      あの大自然を残してほしい、と勝手ながら思いました。貴重な時間でした。

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