成田から5時間半。とても近い国。デトックスしたくなったらここが良い。インフラは当たり前ではない。次は2年後、北西部へ行く予定。

healthy, yummy, easy and gorgeous

成田から5時間半。とても近い国。デトックスしたくなったらここが良い。インフラは当たり前ではない。次は2年後、北西部へ行く予定。

はちみつは、それなりに良いお値段なのだが、品質を考えるとお得なので是非買ってほしい。最初に紹介したのは、容器がプラスチックで軽量だったので選んだ。味も抜群に良いので、家用におススメ。ノスタルジックな味。

長いこと植物性の無添加の石鹸を使っていたのだが、このモンゴルの石鹸は羊と山羊の脂肪がベースとなっていることもあり、洗い上りがしっとりとしていて全く突っ張らない。乾燥しているあの大地の恵みから作られていると思うと、このせっけんの保湿効果に対する信用度が高くなる。

モンゴルツアーでの食事は、朝晩はツーリストキャンプ(宿泊地)にて、ガイドさんが料理を作ってくれるか、ツーリストキャンプの運営者が作ってくれるかのどちらかだと思う。我々は、ガイドさんが料理してくれた。

私たちはこの旅で、動物の亡骸や骨を何体も見た。あるツーリストキャンプでは、家族ゲルのところで、山羊を解体していた。ほんの短い期間だが、少しだけ自然に触れることが出来た気がする。人間は動植物の生命を食して生きているし、亡骸も排せつ物も大地へ還っていく。人間はただただ「生かされている」のであり「自然の中の一部」であると強く感じた。言葉にするととても陳腐でもどかしいのだが、モンゴルの大地からのエネルギー・パワーを感じる旅だった。

ここはラクダが沢山いて、朝から晩までラクダの鳴き声が聞こえた。こんな広い台地で生きていたら、他では住めないだろうな、とモンゴルの動物たちを見て何度もそう思った。

ツァガーン・ソブラガ(Tsagaan suvraga) は地上60mほどの高台が連なっており、場所によっては城壁のように見える。砂も独特で、アメジストやガーネットのような色合いの層があり、何とも神秘的な場所である。

それまでのゲルは6台ほどベッドがあり、中央にテーブルと小さい椅子があるというスタイルだったのだが、ここのゲルは2台のベッドとサイドテーブルに立派な椅子が2脚だった。よって必然的に荷物を床に置くしかなかったのだが、なんと、ゲルの室内全体にビニールシートが被われておらず、壁際に置いた私のバックパックやリュックが濡れてしまったのだ。さらに、天井から雨漏りしていて、寝袋の一部が濡れてしまった。なんということだ。

バヤンザグは赤砂でできた丘で、天気が悪くてもこの赤。太陽に照らされると燃えるような赤に見えるのだとか。自然が織りなす不思議な造形。最も高いところは地表から50mほどあるそうだ。

南ゴビでのもう一つのメインイベントは、ホンゴル砂丘に登って夕陽を見ること。ホンゴル砂丘は約180㎞、面積965平方キロメートル、最も高いところが195mほどで、急こう配な砂の斜面を登る。

私たちはキッズたちとサッカーをしたり、可愛い女の子たちが踊りや歌を披露してくれたり、待機中の運転手さんたちの横で折り紙をしたり、ガイドさんと話し込んだりした。ガイドさん意外とは、言葉はほぼほぼ通じないのだが、モンゴルの皆さんも私たち親子も、言葉が通じないことを何とも思わないので、ジェスチャーを使いながらモンゴル語・英語・日本語でワイワイと過ごした。

1日省略するツアーならば、ホンゴル砂丘に到着した日に「砂丘で見る夕陽」へ行き、次の日の午前にラクダに乗って移動という形になるのだが、その日程だとドライバーさんの負担がとてつもなく大きい。観光客の立場として、日数を短縮したい気持ちはわかるが、実際に旅をしてみて「安全第一」「急がば回れ」だなと思う。

今回のモンゴル旅で一番楽しみにしていたのが、ラクダに乗ること。オマーンでは時間がなく、乗れなかったので余計楽しみだった。ガイドさんに「中東のラクダはこぶが一つだよ」と言われるまで、中東とモンゴルのラクダの違いには全く気付かなかった。先日、中東2か国駐在経験のある友人に聞いたら、当然のように「知っているよ」と言われた。

モンゴルは野菜や果物を育てるのにあまり適した土地ではないた輸入品が多いので、良いお値段。主食は小麦でメインはマトン(羊肉)。野菜はジャガイモ・人参・玉ねぎが多いように思う。味付けはシンプルな塩味。

夕方17時ごろに到着したのだが、猛烈に暑い。湿度の暑さではなく気温の暑さ?ちょうど民族の祭典が各地で催されている休暇の時期だったので、ツーリストキャンプを営む遊牧民の長のところへ親戚・知人が集まり、マトンやお菓子、山羊の乳などがふるまわれる。

谷の標高は約2,200m。ここには野生のシベリアンアイベックス・狼・ロバ・雪ひょう・アルガリ(野生種の羊)などが生息する。運がいい人は山の頂上付近でシベリアンアイベックスを見ることが出来るのだが、残念ながら見ることはできず。

Go〇gle mapで調べても距離が出てこないのが、モンゴルの旅。1日目からの正確な距離はわからないが、ウランバートルから約540㎞、途中Mandal Gobiという街を経由して、南ゴビ県の中心都市ダランザドガドへ到着。

モンゴルの旅はウランバートルを起点(出発地)として、大雑把に言うと東西南北のどこかへ行くのが定番。今回は車でゴビ砂漠のある南を目指し、ウランバートルへ戻ってくる7日間の旅。おそらく往復2,000㎞なのだが、ウランバートル以外の場所は、基本的にインフラが整っておらず、補正されている道路ですら陥没していることも多いし、補正した道を外れると、方位を頼りに道なき道を走っていく。移動時間が長く、かなり過酷な旅。

オマーンへ行く前は、200%の気持ちで走っていた今までの自分を振り返り、正直とても疲れていた。もうあの温度や速度で走ることはできない、と思っていた。人生で初めて「ゆっくりしたい」と心底願っていた。今まで感じたことのない疲れ。頑張れない自分に失望していた。

グランド・モスクからバスに乗り継いで、向かうのは宮殿。この宮殿も「事前予約」がおススメ。スマホですぐに予約できる。アブダビの日本人学校や、Emirates Palace Mandarin Orientalの前を通り過ぎて到着。すでに観光バスが何台も停まっている。モスクもかなり広かったが、ここもまた大きい。外観だけで「わぁーー」と感動するのだが、中に入るとびっくり。モスクとはまた違う美しさ。

旅の最終日である7日目は、深夜起床、2:00にチェックアウトをして空港へ。経由地であるアブダビ(UAE)から日本への飛行機まで14時間ほど時間があるので、アブダビ観光へ。とは言っても、早朝4時半過ぎにアブダビの空港に着くので、ロビーでしばし待機。娘は椅子で仮眠。私は眠れずにロビーをウロウロ。

Mutrah Fort を後にして、そのまままたひたすら東へと宮殿を目指す。観光客は多過ぎず、少なすぎず、心地よい海風に吹かれながら、海岸線を歩く。

大使館や省庁が並ぶマスカット市のど真ん中から、車で16-22㎞ほどのところに位置するのが「Greater Muscat(グレート・マスカット)」と呼ばれる地域で、Ruwi(ルイ)Mutrah(マトラ)Old Muscat(オールド・マスカット)という大きく3つのエリアに分かれている。マトラ、オールド・マスカットは、都心部から20㎞ちょっとしか離れていないとは思えないほど長閑で、空気も海も驚くほどきれいな街並み。

ホテルからマスカット中心部を通り抜けて空港へと向かうのだが、ラッシュアワーと重なりかなりの交通量。片道5車線の高速道路、カオスである。祈るような気持ちで、またしても「安全運転」を唱えながら運転していた。この5日間でおそらく私は一生分の「安全運転」を祈願したのではないかと思う。

時刻はちょうど、小学生の下校時刻。外国人が珍しいのか、人懐っこいのか、ずっと手を振ってくれるオマーンの愛らしい子供たち。

水深が深く、比較的ひろい場所では、10代の男の子たちが橋の上から飛び込みをしていた。あと10年若かったら、私も飛び込んでいたのに、とうらやましい気持ちではしゃぐ男の子たちを眺めた。

Wadi ash shabで泳いだこともあり、お腹がペコペコな私たち。16時過ぎに食事を取ることができた。魚のグリルがメニューにあったので、それを食べたかったのだが、今日はないと言われてしまいちょっと残念。

山羊がいる海辺の道沿いをドライブしながら、旅4日目のメインの目的地であるWadi ash shabへと向かった。10時過ぎくらいだったと思うが、もう駐車場はいっぱい。

旅の後半4日目は、7時ごろにオマーン中心部のホテルを出発し、先ずはSinkhole(シンクホール)という地面が陥没して知用に大きな穴が空き、ぽっかりと空いた穴の部分に水が溜まる場所へ。

初めてのラクダ料理だったが、どちらもとてもおいしく、大満足。このラクダ料理は旅の2日目で、あまりにも美味しかったのでもう一度食べたいと思ったが、結局この料理が最初で最後。しかしながら、串焼きと煮込みと両方食べられたので、ラッキーだった。

なんとか夕方にはマスカット中心部にあるホテルに到着。都市部独特のべとつく感じはあるものの、シャワーを浴びて夕食の買い出しに行く頃には涼しい風が。

この砂利と砂と棘がいっぱいある山肌を、悠々と歩き回るヤギはすごい。一番歩きやすいハイキングコースでも疲れるのに、ホント尊敬する。

急こう配の坂道をドンドンと上がっていくのだが、途中から舗装されていない砂の道になっていく。上りはまだいいけれども、この道を下らないと戻れないんだよなぁーと思うとちょっと怖い。4WDを信じるしかない。

受付でBahla Fortとセットでおススメされたのが、城塞の南西側に位置するThe Friday Mosqueと呼ばれる古いモスク。トップ画は14世紀に施された彫刻がとても美しいミフラーブ。

Bahla Fortは12⁻15世紀にオアシス都市だった場所で、約12㎞の城塞に囲まれており、オマーン国内でも最大規模のもの。オマーンはイスラム教のなかでもイバード派という分派が大多数を占めるのだが、そのイバード派が支配していた場所である。

オマーンへ来るとすぐ気づくと思うのだが、それなりの距離を走行しているにもかかわらず、川や池、湖どころか水路など、「水」を一切目にしない。そんな中で突如現れるのが「アフラージ」と呼ばれる灌漑施設。このFalaj Daris(ファラジ)は世界遺産で、「アフラージ」の起源は2000年以上前にさかのぼるとか。

Nizwa Fortは説明書きがとても丁寧。なんでも英語表記されているのでとても助かる。OmanにはいろんなFortがあるのだが、Nizwa Fortを先に見ると基礎知識が得られると思うので、最初にここに来るのはおススメ。

長女がモンゴルから買って来てくれた、もう一つのお土産が2種類のお茶。実はこれ、モンゴル産ではなく、ロシア産だ。

長女がこの間行ったモンゴルのお土産を持って来てくれた。このゲルの形をした箱にチョコレートが入っているのだが、箱の大きさは、この屋根?の部分が成人男性が手を大きく開いたくらいだ。