白兎神社から海沿いを西の方へ向かっていくと淤岐之島が一望できる「気多岬展望台」へと歩いて行った。淤岐之島は白うさぎが流れ着いた島とされている場所。そんなに遠いわけではないのだが、人が歩いた気配がほとんどない雪道をひたすら歩いていく。

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白兎神社から海沿いを西の方へ向かっていくと淤岐之島が一望できる「気多岬展望台」へと歩いて行った。淤岐之島は白うさぎが流れ着いた島とされている場所。そんなに遠いわけではないのだが、人が歩いた気配がほとんどない雪道をひたすら歩いていく。

道の駅 神話の里 白うさぎで休憩した後向かったのは、すぐ裏手にある白兎神社。道路沿いに鳥居があり、そこからは中の雰囲気は全くわからないのだが、階段を上がると素敵なお出迎えが。

夫も私も歩くのは好きなのだが、とにかく何もない。最寄りの末恒駅から3㎞、徒歩40分ほどの道のりなのだが、途中自動販売機が2‐3台、それとガソリンスタンドがあったくらい。海が近いからか、鳥取駅周辺よりは雪は少ないようだったが、それでもやはり歩きにくいし、人っ子一人いない。

トップ画は常盤木の羊羹。5月末は普通の羊羹と緑茶を義母に送ったので、今回は干し羊羹と緑茶を送った。「生菓子と干菓子の中間で美味しい」というコメントが。さすが義母。上手なピッタリの表現だ。

熱海のイオンで買い物していると、長女がふかふかの蒸しパンを持ってきた。売り場を除いてみると、12・3種類の大きい蒸しパンがずらり。どうやら地元では有名らしい。レンジか蒸し器で温めなおしてふかふかのほかほかで食べるのが美味。熱海へ行ったら食べるべし。

11月下旬の熱海旅行、今回も地元食材を堪能。観光をメインにしたため、スーパーへ行くのが夕方となり、思ったような魚介はゲットできなかった。と思っていたが、振り返れば贅沢な品々が揃った。

地元の食材で美味しいお弁当を作って行楽地へ。出来立ても良いけれども、ポカポカの日差しの中、外で食べるお弁当は最高。今回は熱海産の旬の柚子をふんだんに使い、いつもの料理がちょっと特別に。柚子は魚介にも肉にもお菓子にも合う、万能な果実。米ももちろん静岡県産。

熱海市内が急こう配な坂だらけなこともあって、初島の坂はそれほど苦にはならず、天気が良かったこともあり、とにかく気持ちが良い。どこを切り取っても絵になる。

熱海港からフェリーで30分の場所にある初島。熱海港までは駅から徒歩で30分。(バスも運行)なかなかアクセスの良い離島。2時間もあれば島を一周できるくらいの大きさなので、日帰りでも十分なのだが立派な宿泊施設やヘリポートもある島。

オマーンへ行く前は、200%の気持ちで走っていた今までの自分を振り返り、正直とても疲れていた。もうあの温度や速度で走ることはできない、と思っていた。人生で初めて「ゆっくりしたい」と心底願っていた。今まで感じたことのない疲れ。頑張れない自分に失望していた。

グランド・モスクからバスに乗り継いで、向かうのは宮殿。この宮殿も「事前予約」がおススメ。スマホですぐに予約できる。アブダビの日本人学校や、Emirates Palace Mandarin Orientalの前を通り過ぎて到着。すでに観光バスが何台も停まっている。モスクもかなり広かったが、ここもまた大きい。外観だけで「わぁーー」と感動するのだが、中に入るとびっくり。モスクとはまた違う美しさ。

旅の最終日である7日目は、深夜起床、2:00にチェックアウトをして空港へ。経由地であるアブダビ(UAE)から日本への飛行機まで14時間ほど時間があるので、アブダビ観光へ。とは言っても、早朝4時半過ぎにアブダビの空港に着くので、ロビーでしばし待機。娘は椅子で仮眠。私は眠れずにロビーをウロウロ。

Mutrah Fort を後にして、そのまままたひたすら東へと宮殿を目指す。観光客は多過ぎず、少なすぎず、心地よい海風に吹かれながら、海岸線を歩く。

大使館や省庁が並ぶマスカット市のど真ん中から、車で16-22㎞ほどのところに位置するのが「Greater Muscat(グレート・マスカット)」と呼ばれる地域で、Ruwi(ルイ)Mutrah(マトラ)Old Muscat(オールド・マスカット)という大きく3つのエリアに分かれている。マトラ、オールド・マスカットは、都心部から20㎞ちょっとしか離れていないとは思えないほど長閑で、空気も海も驚くほどきれいな街並み。

ホテルからマスカット中心部を通り抜けて空港へと向かうのだが、ラッシュアワーと重なりかなりの交通量。片道5車線の高速道路、カオスである。祈るような気持ちで、またしても「安全運転」を唱えながら運転していた。この5日間でおそらく私は一生分の「安全運転」を祈願したのではないかと思う。

時刻はちょうど、小学生の下校時刻。外国人が珍しいのか、人懐っこいのか、ずっと手を振ってくれるオマーンの愛らしい子供たち。

水深が深く、比較的ひろい場所では、10代の男の子たちが橋の上から飛び込みをしていた。あと10年若かったら、私も飛び込んでいたのに、とうらやましい気持ちではしゃぐ男の子たちを眺めた。

Wadi ash shabで泳いだこともあり、お腹がペコペコな私たち。16時過ぎに食事を取ることができた。魚のグリルがメニューにあったので、それを食べたかったのだが、今日はないと言われてしまいちょっと残念。

山羊がいる海辺の道沿いをドライブしながら、旅4日目のメインの目的地であるWadi ash shabへと向かった。10時過ぎくらいだったと思うが、もう駐車場はいっぱい。

旅の後半4日目は、7時ごろにオマーン中心部のホテルを出発し、先ずはSinkhole(シンクホール)という地面が陥没して知用に大きな穴が空き、ぽっかりと空いた穴の部分に水が溜まる場所へ。

初めてのラクダ料理だったが、どちらもとてもおいしく、大満足。このラクダ料理は旅の2日目で、あまりにも美味しかったのでもう一度食べたいと思ったが、結局この料理が最初で最後。しかしながら、串焼きと煮込みと両方食べられたので、ラッキーだった。

なんとか夕方にはマスカット中心部にあるホテルに到着。都市部独特のべとつく感じはあるものの、シャワーを浴びて夕食の買い出しに行く頃には涼しい風が。

この砂利と砂と棘がいっぱいある山肌を、悠々と歩き回るヤギはすごい。一番歩きやすいハイキングコースでも疲れるのに、ホント尊敬する。

急こう配の坂道をドンドンと上がっていくのだが、途中から舗装されていない砂の道になっていく。上りはまだいいけれども、この道を下らないと戻れないんだよなぁーと思うとちょっと怖い。4WDを信じるしかない。

受付でBahla Fortとセットでおススメされたのが、城塞の南西側に位置するThe Friday Mosqueと呼ばれる古いモスク。トップ画は14世紀に施された彫刻がとても美しいミフラーブ。

Bahla Fortは12⁻15世紀にオアシス都市だった場所で、約12㎞の城塞に囲まれており、オマーン国内でも最大規模のもの。オマーンはイスラム教のなかでもイバード派という分派が大多数を占めるのだが、そのイバード派が支配していた場所である。

オマーンへ来るとすぐ気づくと思うのだが、それなりの距離を走行しているにもかかわらず、川や池、湖どころか水路など、「水」を一切目にしない。そんな中で突如現れるのが「アフラージ」と呼ばれる灌漑施設。このFalaj Daris(ファラジ)は世界遺産で、「アフラージ」の起源は2000年以上前にさかのぼるとか。

オマーンのベストシーズンは12月1月2月。日本の10月くらいの気候だと思っていたのだが、想像していたよりもずっと暑い。最高気温は予想よりも高く、31度くらい。日差しはかなり強くて少しジメジメする。

Nizwa Fortは説明書きがとても丁寧。なんでも英語表記されているのでとても助かる。OmanにはいろんなFortがあるのだが、Nizwa Fortを先に見ると基礎知識が得られると思うので、最初にここに来るのはおススメ。

オマーン空港で少しだけ現金を下ろして、いざレンタカーへ。飛行機の中でぐっすりと眠れたわけではないが、ずっと目をつむっていたこともあり、頭はスッキリ。体調は万全。ではあるのだが、目の前にした4WDは思っていた以上にデカイ!

オマーンの首都マスカットへの直行便はない。今回の経由地はアブダビ。ハブ空港として有名だからか、深夜到着なのに空港のどの店も開いている。

オマーンを選んだきっかけはB国に住んでいたときの友達が、オマーンにいたからだ。彼女はもう帰国してしまったのだが、ドバイとマスカット(オマーンの首都)に住んでいた彼女曰く「オマーンは素朴な国だ」そうだ。調べると歴史と自然がいっぱいな国。

深山にある第一砲台跡の次に海軍由良水雷隊遺跡へ行こうとしたのに、道を間違えて、休暇村紀州加太に着いてしまった。ロビーは広いし、お土産屋さんもあるということで、しばし休憩。深山の一番良いところに建てられているであろう。ロビーから絶景が楽しめる。海を見ながら日帰り温泉にも入れるらしい。

この深山砲台跡は、大阪湾を防衛する役割を担っていた施設。現在は瀬戸内海国立公園の一部。12月下旬の平日だったからか、すれ違う人もおらず、独り占め状態。

道を間違えてかなり遠回りしたが、無事フェリー出発前に乗船場に到着。と、思ったら何と欠航。加太は晴れているし、波も穏やかなのだが、友ヶ島は荒れているらしい。明日にはもう家に帰るのに。残念。

雨でもフライトはワクワクする。小さい頃、乗り物酔いが酷かったのだが、何故か飛行機だけは大丈夫だった。可愛い飛行機も見つけてテンションは上がる。

A国とB国に住んでいたときは、毎年必ず透明度の高いどこかの島へ行き、海リゾートを楽しんだ。A国が寒い国だったこともあり、冬の休暇に10日間くらい南国へ行き、島には3泊くらい滞在し、残りは観光や買い物を楽しんだ。